思う
10月は子どもたちの園のイベントや仕事が目白押し。
仕事も重なって慌ただしい日々。
先週半ばにやっと一段落する。
どうしても時間をとりたいことが自分の中であって
今年の半ばあたりから、その為に仕事もいろいろと
整理し始めた。
体調も回復し、やっと今から。
来月からはじめよう!
とでも書いてみないと
なかなか重いお尻があがらないので・・・
週末はもみじ市にはじめて行ってみようかなと
こどもの準備をして、さあでようと思うと
雨。
やむまでとぼんやりしていたら、
そのままわこと眠ってしまった。
雨の日は、あったかい子どもを湯たんぽに
毛布にくるまって居眠り。
やっぱりこれが一番幸せ
なので、結局行けず。
夕方雨もやんだので、西荻の古道具recitへ。
ほんといいお店。
川上さんと少しだけお喋りし、家族でごはんをたべに。
今日は朝からきづきはおばあちゃんと出かけているので
わこと夫と三人。
2才前の子を連れてごはんが食べられるところは
なかなか限られるので、結局いつものバルタザ-ルでごはん。
最近混沌とした状態だったので、上の本屋ナワプラサードに
癒しをもとめ。
ああ、やっとほんとに体調が戻ってきた。
今回のつわりは、いつも以上に辛かったかも。
ほとんど寝てばかりでなにもできずだったので。
またいろんなことが少しずつ動きだしてきて、
だから今一度、自分の道や、したいことや
すすむべき方向を、しっかりと見て
確かなものにしていかないとという気がしている。
もう7月。7月は自分の生まれ月なので、単純にすき。
昨日もノニノコ家に行ってきたけれど、もう海は夏。
潮風も夏の空気を運んできていた。
ノニノコさんところの蚕がもう糸をはくほどに成長していて
うーんむずむずむずがゆい。けど見ずにはおれんってかんじで
美里さんとふたりでお宅に伺うなり
じーっと見る。
箱から出てはい回ることもないようだし、だったら家でも、、、
来年は、、、と思うけど、今一歩の勇気が。
帰りの車で美里さんのお友達のダンナさんの話を聞いていて、
その彼は外国の方だけど、小さい頃からシュタイナー学校にいって、
お父さんもそういう仕事をしていて、スイスのお家なのに
味噌を使っていたりって環境だったらしい。
けどその彼は、大人になった今、「bioなんて!」って
感じらしく、それは健全、と思う。
前にも書いたかもしれないけど、厳格なマクロビオティックと厳格な
親の子育て法のおうちで、全員天才的な能力を発揮して、
東大に行ったり、素晴らしい音楽家になったりしたその母親の書いた本を読んだ
ときに、最後にものすごく違和感のある感じがした。
最後のエピソードで、その大人になった全員男の子の20歳前後の子どもたちが
皆で、母の手作りの洋服をきて、家族で演奏みたいなかんじで
ピアノを中心に演奏したり唄ったりしている写真が載ってたけど、
うーん、私には考えられない。
生き方のセンスって、やっぱり大事だなと思う。
打ち合わせをしたり、撮影をしたり、松本のクラフトフェアーに行ったり、
愛知に行ったり、個展を見に行ったり、そんな毎日を過ごしてたらあっという間にひと月。
必要なことだけがおこり、予定は今のところ仕事関連のものばかり。
必要なことだけの人生なんて、面白みがない。
無駄なことや余分を楽しめてこその、生きている意味。
無駄を楽しむために、そうできるように努力しよう。
時間のことも、お金のことも、
そこに頭を使ってこそ、頭も使う意味があるってものかな。
瀬戸口さんが、今出ているフリーペーパーのdictionaryの
【3つのしつもん】というのに載っているそうで、
明日の教室に持ってきてくれる。
久々のdictionary。
こうして"くらすこと"の活動をするようになって、
どうしたら多くの人に興味をもってもらえるだろうか、
押しつけではなく、どうしたら伝えられるだろうかと考え
その提案の仕方を考えるとき、
幾度と思うのは、茂一さんの大きな影響。
まだまだ若い頃、dictionaryの編集をさせてもらって
あのときは全然わからなかったけど、
編集のやり方や技術ではない、提案のセンスを
肌で覚えさせてもらったように思う。
神戸大震災の復興のために、いわゆるボランティアではなく
ファッションページを作って、その洋服をチャリティーで販売し
収益を寄付したり、神戸にも幾度と足を運んで
復興に携わる方に会い、番組を通して、神戸が再び立ち上がっていくのを
伝えていた。
これから私には何ができるかな。
久々のディクショナリーに、考えるところもあるかもしれないな。
そして明日の準備がまだ終わっていない。
片づけて早く寝よう。
うちの母が来ていた。
こどものことやごはんのことや、ほんの少しでも任せられると思うと
うたた寝などしてしまって、これ以上の休息はないなと思う。
撮影の準備で二子玉川の高島屋へ買い物。
一通り買い終え、地下のPaulでパンを買う。
パンの名前が全部フランス語で、小さい字があまり見えないこともあって
「何かよくわからないなあ」とかいいながら
母が店員さんに、クロワッサンアマンドとか書いているパンの名前をまったく
無視して「このぶどうパンひとつと、アーモンドパンひとつと」と
堂々というと、その店員さんは「はい、ぶどうパンひとつですね。
このアーモンドパンは生地が普通のものとクロワッサンのものがありますが
どちらになさいますか?」と、嫌な顔など全くせず
丁寧に聞いてくれていた。
ものすごくいい気分で店を後にする。
最近人気のケーキ屋さんに、聞きたいことがあって
電話したところ、すんごく一本調子な答えで、何だかがっかり。
そんな対応に、考えられないいなんて思うのは、
うちが商売人だったからなのかわからないけれど、
作っているものに自信があるから買いたい人は山ほどいるのよ
ということかな。
関西人はうるさいのである。
にぎにぎのみなこさんも、無事三人目が生まれたみたいでよかった。
ブログで見たけど、うちのわこと同じ誕生日。
かわいいだろうなあ〜。
私の運転に自信がなくて、いつもなかなか会いに行けずじまい
なのだけど、早く会いたいなあ。
生まれたての子は、光みたい。
そこに触れられるだけで、幸せをわけてもらえる気がする。
とにかくよかった。
今日は上の子の幼稚園のミーティング。
こうして他のみんなと何気ない話をしたりするだけで
随分、気分が変わっていい。
うちもなった嘔吐下痢症が、園でも流行りだしているよう。
下痢にはにんじんをくたくたに煮たのを食べさせるのがいいって
聞いて、へーっと感心。
お母さん達の集まりは、そんないろんな自然育児的情報が集まってくるので
なんだか面白い。
うちは親たちが運営している園で、シュタイナーの考えと自然育児に共感する親たちが
集まってやっている。
自主運営、っていうと、園長先生もいないし、
園舎もはじめていただいた初期の親御さんたちが
見つけ、そんな歴代の親たちの思いのつながりがあって、今、私たちが
この幸せな環境を与えていただいているわけだけど、
仕事などで知り合う、同じくらいのお子さんを育てているお母さんたちに
話すと、ものすごくびっくりされる。
って、ほとんど何もできていない私は、運営していますなんて
言えないわけですけど。
シュタイナー教育は、自分の真ん中の部分では、きっとこどもたちにとって
とてもいい考えかただろうと分かっていたのだけど、
羊毛や木のおもちゃを与えるとか
テレビはみせないとか、シュタイナー教育に従事するひとたちが書いた子育て本だけを
読んで、シュタイナー自身の書物を読んだり、自分自身がその原型に触れず
本質を理解せぬまま、それがいいとはどうしても言えなくて、
というかなんかどうも納得いかなくて、かなり懐疑的できた。
でもって読んでもかなり難解で、私の"頭"では理解できるとは思わないのだけど
心の部分では、スピリチュアルな観点からはぼんやりと、、、
頭ではない部分では、少しわかってきたのかな????。
けど補足すると、もちろん、かわいい!とかいう入り口でも、シュタイナーの考えなどに
興味を持つ方が増えると言うことはとてもいいことで、大事なことだと思っている。
去年、少し通っていた前の保育園がどうも子どもに合わないような気がして
いろんな園をみたけれど、
シュタイナー園で、お会いした先生もすごくしっかりされた方で
いい園もあった。けどシュタイナー園でも、先生は子どものことが好きなのかな?
もしくはシュタイナー教育が好きなのかな?どっちかな?と
感じる方もいらした。
子どもがどんなところで、どんな大人たちに見守られて
毎日を過ごしてほしいかと考えると、
私はやっぱりシュタイナー教育を実践している、ということが
一番ではなくて、やっぱりこの先生に子どもをみてほしい、
関わって育んでいってほしいということだった。
結局、人だった。
下の子がお世話になっている保育園では、今年自らすすんでではないけれど
父母会の役員もやっている。
市の様々な園が加盟している、父母と先生たちの保育の連合があるのだけど
12月が私の当番で、代表委員会に出席してきた。
「公園入り口の車止めの柵の幅が狭すぎて、自転車で通るのに危ない」
なんて小さなことから、「保育料を上げないでほしい」や「学童保育の先生の
年度途中の急な退職はやめてほしい」などの具体的なことまで
様々なことを市に求めていく。
うちの園は持ち回りだから年に一回だけど、
こんな風に、毎月お弁当持参で夜集まって、
自分の子どもはもちろん、多くの地域の子どもたちのためにと
活動している親たちがいること、そしてなぜか成り行きでだけど
そんな会に参加する機会を得たことは、子どもとの暮らしも大事なテーマとしている
くらすことの今後の活動のためにも、とてもよかったと思う。
同じような考えをもつひとたちの輪は、とても楽で居心地いい。
今、片足はそうだけど、もう片足は大部分のたくさんのお母さんたちが集う
輪の上にある。
私はそんなバランスが、今はとてもいい気がしている。
で、話はそれたけれど、人。
その代表委員会で、うちの園を昔卒園されたお子さんをもつ役員のお父さんが、
「今でも園に行くと、かわらない懐かしい顔に会えるから嬉しいんです。
公立だと変わっていくけれど、私立の場合、先生達がかわらないですもんね。
そう思うと、結局戻っていくのは人なんですよね」って。
そうだなあと思う。
だからうちの子も、親の生活はものすごく大変になるわけだけれど
(今までは保育園に行っていたので)
少しがんばってでも、今の園に行かせたいと思ったのは
この先生にみてもらいたい、この人の傍らで大きくなっていく
こどもを私自身もみたいと思ったから。
と、長くなったので今日はこのへんで。
謹賀新年。
あけましておめでとうございます。
昨年は、蒔いていた種が小さな芽を出しました。
その小さな芽を大事に育み、
一本のしっかりとした木とし、
そして森となるよう、
今年もひとつひとつに心を込めて
がんばります。
そして、いつも謙虚に前を見て。
皆さまにとって、愛のたくさんある
素晴らしい一年となりますよう、
心からお祈り申し上げます。
今年も一年よろしくお願いします。
くらすこと 藤田ゆみ
