思う
3人の子どもの一人が、なかなか馴染むのに時間のかかるタイプの人。
親はいつだって、子どもが自分らしく受け止められる環境で、
イキイキとした時間を過ごしていてほしいと思うし、
そうでないとおちおち親も仕事なんてしてられない。
安心して仕事ができるって、そんなこどもの過ごす場あってのことだ。
ここならと思えるそんな場所を、子どもを見てくれる人を見つけるまで
たくさん考えるし情報も集め、直感を働かせて探す。
ここという園にお願いしてからは、あとは先生を信じてお任せするしかない。
わたしが友だちを作ってやることができるわけじゃないし、
子どもを信じるしかない。
だけれど、ひと月、ふた月、半年経っても
なかなか自分らしくあれない子ども。
「今日もたのしくなかった」と繰り返す子どもに、
なんとか先生してくれないかなあ。。。
きっかけがあれば仲良くできるんだから、そのきっかけを作ってあげてくれるとか、
って、考えたりもしていた。
長い冬休みをこどもたちと過ごし、ああ、わたし全然間違ってたと気付いた。
毎日笑顔で楽しく過ごしてほしい、なんていうのは
ただ単に自分が安心して仕事をしたかっただけだ。
早く馴染んでほしいなんて、すべてわたしのエゴだった。
三ヶ月、半年、ってものすごく長く感じていたけれど、
それは子ども自身が自分の力で生きていく
彼女の時間の流れとは全く関係ない。
子どもを信じるなんて偉そうに言っていたけれど、
そうじゃなかった。
まだまだ親のわたしが導かなくてはとか
先生がなんとかしてくれたら、と考えていたんだ。
「子ども自身が感じて進んで
生きていく力を信じよう」
今年になってそう決心した。
そんなことと関係ないのかあるのか、
何だか最近、保育園で楽しそうに過ごしはじめた。
子どもの生きる力を100%信じる。
とっても難しいけれど、わたしはそう決心する。
「さっきの秘密をいおうかね。なに、なんでもないことだよ。
心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。
かんじんなことは、目に見えないんだよ。
あんたが、あんた のバラの花をとてもたいせつに思っているのはね、
そのバラの花のために、ひまつぶししたからだよ。
人間っていうものは、このたいせつなことを忘れているんだよ。
だけど、あんたは、このことを忘れちゃいけない。
めんどうみたあいてには、いつまでも責任があるんだ。
まもらなけりゃならないんだよ、バラの花との約束をね。」
『星の王子さま』 サン=テグジュペリ
毎日の子育ての日々は、すぐに目に見える成果なんて何にもない。
何かをなし得たこともなく、ただ子どもと過ごし、
『星の王子さま』のキツネが言う、“ひまつぶし”をしていただけ。
かんじんなことは、目に見えないんだ。
途中であっと、Macのコンセントを忘れてことに気がついて戻る。
落ちつきなさすぎて、こんなのばっかりだ!
そしてコートに手袋をもう一週間ばかりしていないけれど、
片方がどこかにいって見つけられないからしていない。
無くしたわけじゃなく、どこかのかばんかどこかの洋服の間にはさまってると思う。
「決めたところに置きなさい!」と夫にも母親にも、この年で
まだ言われ続けている。
遠い。。。シンプルライフへの道のり。
遠すぎて、実現は来世になるんじゃないかと思います。
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『spectator』の最新号買って読む。
みんな3.11以降の自分の生きる道をいろいろ考えてる。
アプローチするターゲットは違えど、明るい未来を創造したい。
諦めたくないって。
統合医療を実践する医師、原田美佳子さんのインタビューに
でてきた吉福伸逸さん。
数年前に何かの本を読んでいて(上野圭一さんか?)
このひとのワークショップを受けてみたくて調べたけど、
そのときはかなり遠くでしかやってなくて(九州だったか)
諦めたことがあった。
また興味でてきて、調べてみようかな。
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呼吸の加藤先生にほんとに勝手なことばかりかいた
お手紙を出して、すぐにお返事がきた。
先生、やはり大きい。
勝手なことばかり言ってるのに、、、自信持てと書いてくれていた。
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うさぎの会の社長、谷さんと久しぶりに電話で話す。
スタッフの皆さんがいかに気持ちよく仕事ができることを
大事にしているかを少し話し聞かせてもらう。
自分たちのちょうどいいサイズで、みなが気持ちよく仕事ができて、
無理なく、というのを大事にしてらっしゃるって
いい会社はそうだよなと思う。
うちもそれは大事にしたいことなので
いい付き合いできたらなと思う。
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お隣さんはあまりご近所付き合いされたくないようで、
ほとんど挨拶しても帰ってこないのだけど、
先日車をだそうとして、お隣さんの家の前の道に出しているワイヤー製の
ゴミのかごをひいてしまい、少しへこんだ。
まあ、なんとか原型はとどめていたが、弁償しますと言いにいかねばと
いうと、母親は、元々へこんでたし、サビサビであんな古いし、
もういいんじゃない?という。
夫も、うーん、どっちでもいいんじゃないか?
っていうけど、自分で種蒔いたことは自分で刈り取らねば!
カルマ増やさず、生きてたら、それ刈り取れるんだから、
持ち越したら、いやだ!ってその気持ちだけで、お隣を訪ねる。
インターホン越しに、こうこうこうで車で当たったから弁償させてください、
って話ししたらでてこられて、友だちが元々当ててへこませていたものだし
これ自体100円ショップでワイヤーを買って、自作したものだから
大丈夫です、と言われた。
笑顔はなかったけれど、ちゃんと話しはできて
やっぱりきちんと正面から話しすれば、通じるところあるって感触もあって、
ひとまず肩の荷が降りる。
嘘つかない、やましいこと一つも無くすは、生きる上での信条。
巡り巡って、変なとこから戻ってこられても困るっていう
結局は自己利益なのだけど、
それは生きる上で、強い味方と、自信となってくれると思う。
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私たち母親が、きっちり原発のことやこれからの自分たちがどういう暮らしを
していくべきかなど、しっかりとした知識をもって、判断や行動をできるような会と
不安だったり気づきだったり、そんな気持ちを外に出して
人とわかちあえる場をつくりたい。
そんな話しが発端でした。
私個人としては、自分の住む市や教育委員会に要望書を出したり、
市議会に請願書を提出したりと、
原発事故以降の、子どもたちの居場所への対策、給食による内部被ばくを防ぐための要望など
求めてきました。
今、東京で、私が子どもたちのためにできることはやろうと。
このイベントを考え始めた4月頭の時点とは随分状況も変化し、
原発や放射能の勉強会も、いろいろなところでたくさん行われています。
私自身も、足を運んだり、デモに参加したりとやってきました。
そしていろいろと考えて、
今、くらすことが提案するのであれば、
私は、やっぱりきていただいて
何かこれからの光が少しでもみえるようなそんな会こそ必要ではないか、
これからの未来に明かりをともせるような集まりこそ、今やるべきじゃないか。
これからひとりひとりが気づきをもって、
自分の生活の仕方や考え方をシフトしていかないといけない、きっとそんな時です。
だから、それぞれが考えて歩いていくのに、少しでも力になってくれるような
お話しや分かち合いの場こそ提案すべきだと考えました。
そして、そのおいしいものを食べたり楽しんだお金を
少しでも、福島や被災地の子どもたち、おかあさんの笑顔に
繋げることができたらと思っています。
第一回は、夏の間、福島のこどもたちに北海道ですごしてもらおう
というプロジェクト「ふくしまキッズ夏季林間学校」に寄付させていただきます。
午前中の勉強会、「いまを、これからを生きるのに大切なこと」
加藤俊朗さんのお話と呼吸法の会の申し込みは
明日、正午から申し込みスタートです!
なかしましほさんのおやつとお茶がつきますよ。
13時からのマーケットには、
同じくフードムードなかしましほさんのごはんやおやつ、
中山智恵さんのお弁当、トサンカンムリフーズさんのパン、
noninokoさんのこどもワークショップ、森本ひであつさんの似顔絵コーナー、
テニスコーツのライブも!
イベント詳細はこちらです↓
"くらすこと"のひろば
http://www.kurasukoto.com/hiroba/index.html
たくさんの皆さんとお会いできること、楽しみにしています。
くらすこと 藤田ゆみ
ツイッターをはじめました。
くらすこと
http://twitter.com/kurasukoto
そして私(藤田ゆみ)個人も、やっとこさやりはじめました。
というのも、地震以降原発の情報など、ほとんどをツイッターを情報源にしてきて
どういうものか理解するのにまあ時間がかかった訳ですが、
やっと自分自身、今、地に足着いて
目の前のやらなくてはいけないこと、こどもたちのために動かねばいけないことを
考え、動ける状態になってきたので
こどもたちのあほな(あほかわいい)行動や、考えていること(今は原発のこと多め)主ですが
ぶつぶつ言おうと思います。
http://twitter.com/fujiyuming
いろんなおかあさんたちと、繋がれたらいいなとおもいます。
地震からひと月になります。
想像を絶する被害の大きさに胸痛み、そして原発の問題が露呈し、
正直、まだまだ混乱の中にいます。
子どもはどんどん外で遊びなさいと言っていたのに、
今は、そうも言えない。
お弁当をもって、芝生に寝っころがり、こどもたちは駆け回っていたいつも過ごしてた休日。
そんなささやかな日常の幸せが、できなくなった今、
どれだけ大事だったかということが身にしみています。
自分が無関心だったエネルギーのことや原発の存在や、
それが自分の生活、そして日常の何でもない幸せに直結していた。
おひさまの下で風を感じたり、不安なくごはんを作ったりおいしいと食べたり、
そんな小さいけれど、毎日の生きる喜びだったことが。
今、何をすべきか。
けれどこどもたちを守るためには、きちんとした情報を得て、
親である自分たちが判断しなくていけない。
放射能で被害がでるのはこどもたち。
今、そのこどもたちを守る親が、しっかりと考え声をあげないで
いつあげるんだろうと。
そう思いながらも悶々としていたとき、福田里香さんやまわりの有志の方たちが
「いちめんなのはな」というプロジェクトを立ち上げられたと
連絡をもらいました。
弱い人や小さい人を切り捨てるようなリーダーはいやだ、原発をこれからだって
続けようというリーダーももちろんいや。
だからこそ今日の選挙に投票にいきましょう。
そんな風に私も考えているよ、の合図に
黄色い菜の花のアイコンを、ツイッターに掲げようと呼びかけていました。
http://lapin.info/nanohana/
私も賛同のメッセージをよせてます。
http://nanohanabloom.tumblr.com/#4252571046
候補者のエネルギーの考えを知るのに、とても参考になります。
http://energy-policy.net/
都知事選立候補者が、原発や様々な質問に答えています。
http://www.webdice.jp/dice/detail/2995/
今日は選挙にいって、高円寺のデモにはじめて!参加しようと思ってます。
"くらすこと"の婦人会、どいちなつさん、恵方巻とお寿司の展開料理、開催しました。
当日はお子さんが風邪をひかれたりでキャンセルもいらっしゃいましたが、
赤ちゃん連れのお母さん4名を含め、
わたしとしてはとっても意味のある、いい会になったなあと嬉しい気持ちで
会を終了しました。
ちなつさんの料理のおいしさのエッセンスを教えてほしいというのも
もちろんあるんですが、
みんなで手を動かすことでの一体感。
そしてそのあとの分かち合いの時間を何より大事にしたい、
そんな時間をこのアトリエで定期的にもっていきたい、というのは
この場所をはじめるときから、ちなつさんとお話ししていたことでした。
恵方巻きを巻き、みんなで恵方を向いて願い事をし
おいしくいただいたあとは、ちなつさんの発案でトーキングスティック。
トーキングスティックとはネイティブ・アメリカンが話し合う人たちが
輪になり、このスティックを持ったひとだけが話をし、他の人は聞く。
話し終わったら、次の人へまわすというルールなのですが、
節分は立春の前日、旧暦の新年の前日ということと
今後のビジョンやこれからを心に描くのに最適な新月も重なったということで、
これまでの振り返りやこれからのことなど
参加した方ひとりひとりが話しをしてまわしました。
私も参加させてもらって、少し泣きそうになったりもしましたが、
こういう場でその日に出会った皆さんの話しを伺って
ひとりひとりに知り合えた、ふれあえた感じがして
とても充実したいい時間となりました。
参加人数も8人ほどで、これくらいの輪が
ひとりひとり知り合えた感じもして
やっぱりいいように思えました。
小さくやることって、大事って。
次回は夏になる頃に餃子かな?!ってちなつさんと話しをしています。
夏に餃子。ビールも?!
昼からビールも楽しみです。
ご参加くださった皆さん、どうもありがとうございました!
今週末、12月4(土)、5日(日)はオズボーン未奈子さんとrecitさんによるおやつ屋さんと
古道具の催し「自然おやつと古いもののある暮らし」です。
そのため、土日もアトリエをオープンします!
土曜日はオズボーン未奈子さんのおやつの販売もありますので、
どうぞ遊びにいらしてください。
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先週は後半風邪をひいてしまい、久々に寝込みました。
ああ、もっと休まねば。
と思い、これからは毎月一度は山へ行こうと心に決めました。
胸いっぱいに自然のきらめきを含んだ
空気を吸い込みたい。
休まずな毎日が続くと、呼吸が浅く、早くなっているのが
すごくわかります。
そうしようと心に決め、アトリエまでの自転車の道。
黄色に色付く木々や葉っぱを心に見ながら
息を吸い込むと、心とからだに新しい息吹が。
自然の近くに身を置くと話が早く分かりやすいけれど
今自分がいるところにだって目を向けさえすれば
感じる事ことのできる自然のきらめきがあり
それによって、命に輝きをもらえることを知っている
自分もいる。
ほんの少し時間をとって都会の自然を感じるだけで、
呼吸をかえるだけで、
自分自身を変えることってできる。
まずはちょっと意識してみようと思う、
そんな今日です。
一番上の子が生まれて半年ちょっとして、
中野区に越した。
保育園に入るまで、毎日ベビーカーに乗せて
いろんな小さな道をあっちいったり、こっちいったりしたけれど、
ちょうど新宿区との境あたりにある落合のあたりは、
戦後のモダンな住宅なんかがまだ残っていて、
よく歩いた。
そんなとき、普通のお家のようだけど、幼稚園のようでもあり、
まだ、こどもたちの気配がなくなってそんなにたくさんの時間のたっていない感じのする
いい雰囲気の古い建物があった。
表札に、幼児生活団、とあった。
自由学園の幼児生活団だったみたい。まだあるのかな。
そしてうちからすぐ近くにも、図書館みたいだけど、
区のものじゃない建物をみつけて
それが「東京こども図書館」だった。
3歳以上にならないと、本は借りれなかったけれど
それでもよく通った。
こどもたちが小さな小部屋でろうそくをつけ
お話しの世界に入る、そんな垣間みるファンタジーの世界に私もわくわくした。
そのこども図書館を作ったひとり、石井桃子さんの言葉で
私自身にしみいる言葉がある。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
『子どもたちよ』
子ども時代を しっかりと
たのしんで ください。
おとなになってから
老人に なってから
あなたを 支えてくれるのは
子ども時代の 「あなた」 です。
石井 桃子
2001年7月18日
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
子ども時代の大切さを、私はほんとに心から理解しているだろうか。
もっと意識せねばと思う、石井桃子さんの言葉。
人のきもちをちゃんと感じる、そんな子に
動物を花を思いやる やさしい心をもった子に
きっとどのお母さんもお父さんも
みんな、そうあってほしいと願ってる
人にやさしくしましょうねって、
文字で、言葉で、教科書で
それを伝えることはきっとできない。
元気がない友達に、ごはんを食べにおいでと誘い、
みんなで囲む夕飯の食卓
荷物の多いお年寄りに声をかけ
あたりまえにさっと手を貸す、駅の階段
花の姿をよくみて、ちょうどいいお日さまの光と水を考え
目をかけ 手をかけ 育てる手
そんな私が生きるひとつひとつ。
生活の中の ひとつひとつの事柄
その全てを こどもたちは見ている
そっと手渡した 両手で包み込んだあたたかなものを
そのあたたかなものを私がもち続け
人に花に動物に 分け続けてさえいることができるのなら
あたたかなものは きっとあなたに伝わっていく
だから私自身が そうありさえすればいい
ありのままから生まれる気持ちを 手渡していけばいい
『あなたの中の最良のものを』
人は不合理、非論理、利己的です
気にすることなく、人を愛しなさい
あなたが善を行うと、利己的な目的でそれをしたと言われるでしょう
気にすることなく、善を行いなさい
目的を達しようとするとき、邪魔立てする人に出会うでしょう
気にすることなく、やり遂げなさい
善い行いをしても、おそらく次の日には忘れられるでしょう
気にすることなく、し続けなさい
あなたの正直さと誠実さとが、あなたを傷つけるでしょう
気にすることなく、正直で誠実であり続けなさい
あなたが作り上げたものが、壊されるでしょう
気にすることなく、作り続けなさい
助けた相手から、恩知らずの仕打ちを受けるでしょう
気にすることなく、助け続けなさい
あなたの中の最良のものを、この世界に与えなさい
たとえそれが十分でなくても
気にすることなく、最良のものをこの世界に与え続けなさい
最後に振り返ると、あなたにもわかるはず
結局は、全てあなたと内なる神との間のことなのです。
あなたと他の人の間のことであったことは、一度もなかったのです。
マザー・テレサ
寝る前の布団の中で、今日こんなことがあって聞いてほしいとか、こんなこと楽しかったとか、
何か言いたいことがあるひとは順番にいうことになっているのだけど、
わこときづきがひとしきり話したあと、
私がどうしてもいいたいことがあって話した。
「今日は、きづきが学校で、給食のおかわり35回して、きづきが一番多かったって
先生に褒められたよってうれしそうに話ししたのを聞いて、かあかあもすごく嬉しかった。
あと、わこちゃんが、わこちゃんの作った歌をいっぱいいっぱい気持ちよさそうに
うたってて、すんごいかわいくてしあわせだった。
あと、たおちゃんが立ちたくて、
どこにでもつかまって立とう立とうとするのがかわいかった」
というと、一番上のきづきが
「かあかあ、いいこと言った」
と、ぽつりといって、おやすみと眠ってしまった。
きづきはあと数ヶ月で7歳。
たまーにこうやって、私が子どもたちがあんまりかわいくて
それを素直に伝えたり、ちゃんと子どもがみてほしいところをみていたよと
伝えたときとか、こうやって静かにほめてくれる。
子どもは褒められて成長するというけれど、
私も子どもに褒められて、親になる。
どんどん、きづきがきづきらしく大きくなっていることが
ほんとにうれしい。
昨日、わこが学校ごっこをやっていて、
「ぼうしかぶって〜、ランドセルしょって〜」と言っている。
ランドセルって言ってる!ランドレスって言ってたのに〜!!!
ランドレスがかわいくて大好きだったのに〜!と
「わこちゃん、にいにいが学校行くとき背中に背負ってくの
なんだっけ?」というと
「ランドセル」っていう。
「ランドセルじゃないでしょ、ランドレスって言ってたじゃん」
「ラ・ン・ド・セ・ル!」
とはっきり言う。
ランドセルって、気付いたか〜。
わこのランドレスが聞けないと思うとちょっとさみしいけど、
子どもたちとの毎日はたのしい。
何を今更だけど、
たおが生まれて生活がまた変わって
みんなが落ち着いてきたこのごろ。
改めてそんなことを感じている。
【掲載のおしらせ】
子供服の通販カタログ『ano:ne』2009-10年冬号(フェリシモ)の特集
『ano:ne challenge!!』で、親子でおそろい手づくりエプロンの企画に登場しました。
わこと自分のエプロンを作ってます。
書店で販売されている『ano:ne』でのみ、ご覧いただけます。
2歳と8ヶ月のわこちゃん。
3人のこどもたちの真ん中です。
急におしゃべりになって、ずーっといろいろ喋ってます。
ヘルメットをへめれっと、といったり
携帯の充電を、でんじゅう(電池と充電の中間?)といったり
こどもの言い間違いってかわいいから、ついつい何度も言ってほしくなる。
今1年生のきづきも、半袖のことをはんそ、といってたなあ。
最後の「で」を接続詞と思うみたい。
わこも、「かあかあ、じょうずだからぴあ弾いて」といっている。
ぴあはピアノのこと。
昨日朝のラジオで「9月はほんとにあっという間で、
もう一回9月をといわれても出来そうな感じです」
といっていたけれど、私も同じ。
夏の終わりにわこが急に入院することになって
バタバタだったけど、もうすっかり元気になって
やっと皆が落ち着いて地に足をつけ、根を張りだしてきているそんな秋です。
今のうちにたくさん雨ふってもらって
運動会は晴れてほしいな。
【掲載のおしらせ】
○レタスクラブ10/10号(9/25発売・株式会社 角川・エス・エス・コミュニケーションズ刊)
の特集、『お礼やお返しの気持ちが伝わるプチプレゼント』にて、
300円、500円、1000円までて購入できるちいさなプレゼントを
いくつかご紹介させていただきました。
○手紙社さんが編集された、『PRESENT SWEETS』--全商品お取り寄せできます!
(河出書房新社)にて、みつこじジャムさんがご紹介されていて、
その購入先として、"くらすこと"の店をご紹介いただきました。
夏休み真っ直中ってかんじの今日。
もう8月!
夏を楽しまないと。ということで、今日はアスレチックとキャンプに
行ってきます。
今週はわたしたち家族にとって、とっても大事なひとたちが遊びに来てくれました。
目の前の日常にいっぱいいっぱいで、
私には近すぎてぼんやりとしか見えない子どものことを
ちゃんと見てくれていて、
その視点には、いつも気付きをもらっています。
人が集ってくれるっていいなあ。
いろいろな人がきて一緒にご飯をたべて
おいしいなあって。そして笑って!
もっと家も、そして自分自身も開け放てたらなあと思います。
ではではそろそろ子どもたちが起きてきたので
(こんな日だけ!早い)
よい夏を!
自分の土台を足固め中のわたし。
休日の一日。夫がゆっくりぼーっとできるお気に入りの場所があるというので
井の頭公園を自転車で走っていると、Perfumeの歌と踊りの完コピをしている
3人組がいた。
OLさんかな。
お友達の結婚式で披露するあれだろうな。
何だかその三人。
ものすごくたのしそう。
みんなで踊り練習して、これ絶対楽しいんだろうなと横目でみつつ
ちょっとうらやましかったり、やってみたかったり。
そんな子どもみたいなこと、まじめにやってみたいななんて。
早速友達と、輪唱とリコーダーでやってみる?!って
話しする。
その時間あるのか。。。なんて冷静に思いつつも
ワクワクすることやるのって
自分自身にとって大事、っておもう。
ちょっとききたいことがあって会いたいなあと思うと
行った先の病院でその人にあったり、
たまたま行った公園であったり、
よく友達と、「会いたいと思えば会えるから、もう約束とかいらないかも」
と言ったりするけど、そういうことに気付くようになると
どんどん頻度が増してくる。
驚く出来事があったり、感情の揺れが激しいときも
そういうシンクロニシティ=偶然の一致がよく起こる。
自分の人生の波が大きな転換を迎えるような出来事が起こり、
感情が揺さぶられというときに多いというのも、
その時はショックな出来事に落ち込んだりしても
結果的にはそれはなるべくして起こり
新たな自分の道が開けていくきっかけということだろうと思う。
そしてそういうときも含め、そんなシンクロが重なるときは、
自分の正しい道を歩いているとき。
この間お友達と話をしていたら、
その友達の友人で、そういう能力がある方がいて
同じように、それは正しい道を歩いている証拠、と言っていたらしい。
やっぱりそうかあ、と自信がついた。
私の今までで一番すごいなあとおもったシンクロ。
福祉の学校に行っていたときの担任の先生で、ヨガをずっとされている
先生がいた。
おひるご飯に先生のお弁当をみると、玄米に根菜の煮物など
何だか茶色のものばかりで、その時はじめてマクロビオティックを知った。
先生とはあまりお話しはしなかったけど、何だか私自身親しみがあって
ご縁があるような気がしていた。
そしてその学校を卒業して3年後。
友達とタイとインドに旅行に行った。
インドではヨガのメッカ(ビートルズが滞在してことで有名な)、
リシュケシュのアシュラムに泊まったりしていて、
滞在しているあいだ、その先生のことをずっと思い出していて、
会いたいなあ、会いたいなあと、お手紙を書いたりしていた。
そしてカルカッタからタイへ行く飛行機は、
一番安かったという理由で、100人乗りくらいのブータンエアーで
移動した。
まさか!?似ているだけかな?とおもったけれど、
やっぱりそうで、その飛行機に先生が乗っていた。
ブータンにヨガをしにいっていたらしくて、
タイ経由で日本へ帰るところだったとか。
そんなこともあって、先生は特別な存在で
今も手紙のやりとりが続いている。
シンクロニシティはワクワク、神さまの贈り物ののような気がする。
そして今は動きだす前の、自分の全てを整える時期。
これからまた楽しみ。
そう思えるときは、自分の歩むべき道の上にいるときだと思う。
たおが生まれた日は、桜が一番の盛りを迎えていた日。
朝きづきを小学校に送り出し、帰ってきたらおしるしが来ていたので
夫と二人、母がすごくきれいだったと昨日いっていた
川沿いの桜並木を散歩しに行った。
風で桜が舞い散り、川は桜の花びらでいっぱい。
椅子に腰掛け一休みしていたおばあちゃんと言葉をかわす。
「いつ、生まれるの?」
「多分、今日うまれそうなんですよ。」
「こんなに桜がきれいで、みんなが笑ってうれしい季節に生まれてくるなんて
素晴らしね。お会いできてほんとによかった。ありがとう」
赤ちゃんのことを祝福してくれて、お会いできてありがとうなんて
ほんとに幸せな気持ちになりました。
そんな日に生まれてきた赤ちゃんもスクスク育ち、
おっぱいをたくさんたくさん飲んで、
みるみる大きくなっています。
私もあのおばちゃんみたいに、あんな言葉をかけられるような
人になりたいな。
ふと、あのおばあちゃんのことを思いだしました。
一昨日見た夢は普通で考えると気持ち悪い夢なのだけど、
起きた瞬間、これは再生のサインだなと気付く。
やっと悶々、混沌とした状況から一歩踏みだした感あり。
3人目のお産も目前で、何だか晴れ晴れしい気分。
今年に入ってからはゆっくりするつもりが、
結局、いつものごとく、まだ慌ただしくしている。
スターネットのえいこちゃんから、大きなパンと
豆腐のマヨネーズなどなど、おいしいものの詰め合わせが届く。
近くに越してこられたイタリアのパン職人さんが石釜で焼いたパンらしいけど、
こどもたちの顔よりも大きくて、びっくり。
家族でおいしいね、えいこちゃんありがとうと感謝して
サンドイッチにしていただく。
同じ日に、樸木 (あらき)の中谷さんからもジャムやおいしいパン、
ケーキが届き、おいしいものが集まってくるいい日。
中谷さんもえいこちゃんも、十代の頃同じお店で一緒に働いていた友達だけど、
こうして十数年後も、それぞれの場所を見つけ、
そしてまだこうやって繋がっていられることがうれしい。
3月はきづきの卒園があって、何だかあっという間に過ぎてしまった。
仕事をしながら、週4日、お昼過ぎまでしかない園に通わせるのは
夫婦ともに本当に大変だったけど、こうして終わってみると
それ以上に掛け替えのない時間を過ごさせてもらい、
たくさんの愛に守られ、包まれ、育んでもらったことに
感謝せずにはおれない。
3月半ばのきづき6歳の誕生会。
いつものように皆で広場に出かけ、みんなでつくったごおひるご飯をたべて
子どもたちは思い思いの遊びをする。
きづきはうちでいるときよりも、さらにぼけーっとしていて、
ただ今だけの時間を生きていて、
先のことも後のこともなく、いいところも悪いところもみんな知ってる
仲間たちの中で安心し、したいことをしている。
子どもの時間を生きるって、こういうことなんだなあと
その顔をみて、ここで過ごせたことを
よかったなあと思った。
公園でゴミが落ちていると、「はい」っと普通のことのように
拾って持ってくるこどもたち。
先生たちが毎日そうしていることを、誰が捨てたということではなく
あたりまえに拾う。
あらゆる小さなものを守ってくださる神さまへのお祈りは、
お休みの子がいたらその子やそのおうちに思いを寄せ、
そうして世界中の子どもたちが、今日も安心してお母さんのそばで
過ごせるよう祈る小さなこどもたち。
きっとここで行われ、紡がれている時間は、
未来への希望であり祈りであると思う。
はらっぱ、ありがとう。
先日、recitの川上さんに「ゆみさんの日記、今年一回しか書いてない」と
言われて、自分でもびっくり。さすがにもう一回くらいは書いてるつもりでいたので
それはないだろうと思ったら、ほんとにそうでした。
もっと気軽にかけばと思うものの、これを伝えたい、という気の入ったこと以外は
書くのがほんとに苦手。
なのに、一時期ライターもやってたなんて考えられない。
音楽、カルチャー、企業のカタログなどの仕事も
引き受けてたので、受けるたびに仕事のカラーの世界の人になりきって書く、というのを
苦肉の策で自分で編み出しやってたけど
(某企業の仕事をするときは、仕事前にオリーブを数冊読みきって、
完全にオリーブ少女になりきり書くとか。憑依?!)
苦悩ばかりで、修行に近かった。
そんなことはどうでもよくて、、、
今日は上の子の6歳の誕生日。
この一ヶ月、卒業旅行や卒園式など、6歳を前に
たくさんの成長を目の当たりにして
母としてうれしさの日々でした。
今から、上野の大恐竜展に行ってきます!
では〜
10月は子どもたちの園のイベントや仕事が目白押し。
仕事も重なって慌ただしい日々。
先週半ばにやっと一段落する。
どうしても時間をとりたいことが自分の中であって
今年の半ばあたりから、その為に仕事もいろいろと
整理し始めた。
体調も回復し、やっと今から。
来月からはじめよう!
とでも書いてみないと
なかなか重いお尻があがらないので・・・
週末はもみじ市にはじめて行ってみようかなと
こどもの準備をして、さあでようと思うと
雨。
やむまでとぼんやりしていたら、
そのままわこと眠ってしまった。
雨の日は、あったかい子どもを湯たんぽに
毛布にくるまって居眠り。
やっぱりこれが一番幸せ
なので、結局行けず。
夕方雨もやんだので、西荻の古道具recitへ。
ほんといいお店。
川上さんと少しだけお喋りし、家族でごはんをたべに。
今日は朝からきづきはおばあちゃんと出かけているので
わこと夫と三人。
2才前の子を連れてごはんが食べられるところは
なかなか限られるので、結局いつものバルタザ-ルでごはん。
最近混沌とした状態だったので、上の本屋ナワプラサードに
癒しをもとめ。
ああ、やっとほんとに体調が戻ってきた。
今回のつわりは、いつも以上に辛かったかも。
ほとんど寝てばかりでなにもできずだったので。
またいろんなことが少しずつ動きだしてきて、
だから今一度、自分の道や、したいことや
すすむべき方向を、しっかりと見て
確かなものにしていかないとという気がしている。
もう7月。7月は自分の生まれ月なので、単純にすき。
昨日もノニノコ家に行ってきたけれど、もう海は夏。
潮風も夏の空気を運んできていた。
ノニノコさんところの蚕がもう糸をはくほどに成長していて
うーんむずむずむずがゆい。けど見ずにはおれんってかんじで
美里さんとふたりでお宅に伺うなり
じーっと見る。
箱から出てはい回ることもないようだし、だったら家でも、、、
来年は、、、と思うけど、今一歩の勇気が。
帰りの車で美里さんのお友達のダンナさんの話を聞いていて、
その彼は外国の方だけど、小さい頃からシュタイナー学校にいって、
お父さんもそういう仕事をしていて、スイスのお家なのに
味噌を使っていたりって環境だったらしい。
けどその彼は、大人になった今、「bioなんて!」って
感じらしく、それは健全、と思う。
前にも書いたかもしれないけど、厳格なマクロビオティックと厳格な
親の子育て法のおうちで、全員天才的な能力を発揮して、
東大に行ったり、素晴らしい音楽家になったりしたその母親の書いた本を読んだ
ときに、最後にものすごく違和感のある感じがした。
最後のエピソードで、その大人になった全員男の子の20歳前後の子どもたちが
皆で、母の手作りの洋服をきて、家族で演奏みたいなかんじで
ピアノを中心に演奏したり唄ったりしている写真が載ってたけど、
うーん、私には考えられない。
生き方のセンスって、やっぱり大事だなと思う。
打ち合わせをしたり、撮影をしたり、松本のクラフトフェアーに行ったり、
愛知に行ったり、個展を見に行ったり、そんな毎日を過ごしてたらあっという間にひと月。
必要なことだけがおこり、予定は今のところ仕事関連のものばかり。
必要なことだけの人生なんて、面白みがない。
無駄なことや余分を楽しめてこその、生きている意味。
無駄を楽しむために、そうできるように努力しよう。
時間のことも、お金のことも、
そこに頭を使ってこそ、頭も使う意味があるってものかな。
瀬戸口さんが、今出ているフリーペーパーのdictionaryの
【3つのしつもん】というのに載っているそうで、
明日の教室に持ってきてくれる。
久々のdictionary。
こうして"くらすこと"の活動をするようになって、
どうしたら多くの人に興味をもってもらえるだろうか、
押しつけではなく、どうしたら伝えられるだろうかと考え
その提案の仕方を考えるとき、
幾度と思うのは、茂一さんの大きな影響。
まだまだ若い頃、dictionaryの編集をさせてもらって
あのときは全然わからなかったけど、
編集のやり方や技術ではない、提案のセンスを
肌で覚えさせてもらったように思う。
神戸大震災の復興のために、いわゆるボランティアではなく
ファッションページを作って、その洋服をチャリティーで販売し
収益を寄付したり、神戸にも幾度と足を運んで
復興に携わる方に会い、番組を通して、神戸が再び立ち上がっていくのを
伝えていた。
これから私には何ができるかな。
久々のディクショナリーに、考えるところもあるかもしれないな。
そして明日の準備がまだ終わっていない。
片づけて早く寝よう。
うちの母が来ていた。
こどものことやごはんのことや、ほんの少しでも任せられると思うと
うたた寝などしてしまって、これ以上の休息はないなと思う。
撮影の準備で二子玉川の高島屋へ買い物。
一通り買い終え、地下のPaulでパンを買う。
パンの名前が全部フランス語で、小さい字があまり見えないこともあって
「何かよくわからないなあ」とかいいながら
母が店員さんに、クロワッサンアマンドとか書いているパンの名前をまったく
無視して「このぶどうパンひとつと、アーモンドパンひとつと」と
堂々というと、その店員さんは「はい、ぶどうパンひとつですね。
このアーモンドパンは生地が普通のものとクロワッサンのものがありますが
どちらになさいますか?」と、嫌な顔など全くせず
丁寧に聞いてくれていた。
ものすごくいい気分で店を後にする。
最近人気のケーキ屋さんに、聞きたいことがあって
電話したところ、すんごく一本調子な答えで、何だかがっかり。
そんな対応に、考えられないいなんて思うのは、
うちが商売人だったからなのかわからないけれど、
作っているものに自信があるから買いたい人は山ほどいるのよ
ということかな。
関西人はうるさいのである。
にぎにぎのみなこさんも、無事三人目が生まれたみたいでよかった。
ブログで見たけど、うちのわこと同じ誕生日。
かわいいだろうなあ〜。
私の運転に自信がなくて、いつもなかなか会いに行けずじまい
なのだけど、早く会いたいなあ。
生まれたての子は、光みたい。
そこに触れられるだけで、幸せをわけてもらえる気がする。
とにかくよかった。
今日は上の子の幼稚園のミーティング。
こうして他のみんなと何気ない話をしたりするだけで
随分、気分が変わっていい。
うちもなった嘔吐下痢症が、園でも流行りだしているよう。
下痢にはにんじんをくたくたに煮たのを食べさせるのがいいって
聞いて、へーっと感心。
お母さん達の集まりは、そんないろんな自然育児的情報が集まってくるので
なんだか面白い。
うちは親たちが運営している園で、シュタイナーの考えと自然育児に共感する親たちが
集まってやっている。
自主運営、っていうと、園長先生もいないし、
園舎もはじめていただいた初期の親御さんたちが
見つけ、そんな歴代の親たちの思いのつながりがあって、今、私たちが
この幸せな環境を与えていただいているわけだけど、
仕事などで知り合う、同じくらいのお子さんを育てているお母さんたちに
話すと、ものすごくびっくりされる。
って、ほとんど何もできていない私は、運営していますなんて
言えないわけですけど。
シュタイナー教育は、自分の真ん中の部分では、きっとこどもたちにとって
とてもいい考えかただろうと分かっていたのだけど、
羊毛や木のおもちゃを与えるとか
テレビはみせないとか、シュタイナー教育に従事するひとたちが書いた子育て本だけを
読んで、シュタイナー自身の書物を読んだり、自分自身がその原型に触れず
本質を理解せぬまま、それがいいとはどうしても言えなくて、
というかなんかどうも納得いかなくて、かなり懐疑的できた。
でもって読んでもかなり難解で、私の"頭"では理解できるとは思わないのだけど
心の部分では、スピリチュアルな観点からはぼんやりと、、、
頭ではない部分では、少しわかってきたのかな????。
けど補足すると、もちろん、かわいい!とかいう入り口でも、シュタイナーの考えなどに
興味を持つ方が増えると言うことはとてもいいことで、大事なことだと思っている。
去年、少し通っていた前の保育園がどうも子どもに合わないような気がして
いろんな園をみたけれど、
シュタイナー園で、お会いした先生もすごくしっかりされた方で
いい園もあった。けどシュタイナー園でも、先生は子どものことが好きなのかな?
もしくはシュタイナー教育が好きなのかな?どっちかな?と
感じる方もいらした。
子どもがどんなところで、どんな大人たちに見守られて
毎日を過ごしてほしいかと考えると、
私はやっぱりシュタイナー教育を実践している、ということが
一番ではなくて、やっぱりこの先生に子どもをみてほしい、
関わって育んでいってほしいということだった。
結局、人だった。
下の子がお世話になっている保育園では、今年自らすすんでではないけれど
父母会の役員もやっている。
市の様々な園が加盟している、父母と先生たちの保育の連合があるのだけど
12月が私の当番で、代表委員会に出席してきた。
「公園入り口の車止めの柵の幅が狭すぎて、自転車で通るのに危ない」
なんて小さなことから、「保育料を上げないでほしい」や「学童保育の先生の
年度途中の急な退職はやめてほしい」などの具体的なことまで
様々なことを市に求めていく。
うちの園は持ち回りだから年に一回だけど、
こんな風に、毎月お弁当持参で夜集まって、
自分の子どもはもちろん、多くの地域の子どもたちのためにと
活動している親たちがいること、そしてなぜか成り行きでだけど
そんな会に参加する機会を得たことは、子どもとの暮らしも大事なテーマとしている
くらすことの今後の活動のためにも、とてもよかったと思う。
同じような考えをもつひとたちの輪は、とても楽で居心地いい。
今、片足はそうだけど、もう片足は大部分のたくさんのお母さんたちが集う
輪の上にある。
私はそんなバランスが、今はとてもいい気がしている。
で、話はそれたけれど、人。
その代表委員会で、うちの園を昔卒園されたお子さんをもつ役員のお父さんが、
「今でも園に行くと、かわらない懐かしい顔に会えるから嬉しいんです。
公立だと変わっていくけれど、私立の場合、先生達がかわらないですもんね。
そう思うと、結局戻っていくのは人なんですよね」って。
そうだなあと思う。
だからうちの子も、親の生活はものすごく大変になるわけだけれど
(今までは保育園に行っていたので)
少しがんばってでも、今の園に行かせたいと思ったのは
この先生にみてもらいたい、この人の傍らで大きくなっていく
こどもを私自身もみたいと思ったから。
と、長くなったので今日はこのへんで。
謹賀新年。
あけましておめでとうございます。
昨年は、蒔いていた種が小さな芽を出しました。
その小さな芽を大事に育み、
一本のしっかりとした木とし、
そして森となるよう、
今年もひとつひとつに心を込めて
がんばります。
そして、いつも謙虚に前を見て。
皆さまにとって、愛のたくさんある
素晴らしい一年となりますよう、
心からお祈り申し上げます。
今年も一年よろしくお願いします。
くらすこと 藤田ゆみ
