見えないものを語るインタビュー

友永淳子さん/友永ヨーガ学院院長 その2

ヨガに出会い、深めていくなかで起こった
3つの劇的な「見えない」体験。
不思議な出来事を通して、友永先生が
気づいた本当の「リアル」とは__?

私の内側も、私の外側もリアル
それが同時に存在する

──これまでに3回あったという象徴的なできごとについて教えてください。

3回とも、現実なのかどうか、わからないところに迷い込みました。迷い込んだというか、あっちの世界もリアルだし、こっちもリアル。現実の向こうに行ったリアルな自分と、ここにいるリアルな自分、両方同時に生きていたんです。

 

ひとつめは、子どもを生んで、骨盤だとか下腹といった特別なところをものすごく刺激されて、チャクラも変化したんですね。長男を生んだ直後、その年の夏はものすごい暑さだったんですけど、病院には冷房がなく、うちわで仰ぐしかない。同室の人が7~8人いたんですけど「友永さん、なんだか天女みたいね」って言ってくれたんです。なんだか知らないけど嬉しくて嬉しくてしょうがなかった。外を見ると、陽炎のように光が動いてるんですけど、木も何もみんな光ってるんです。金色なんです。
この世のいちばん美しいところを見せてもらうっていうか、自分の身体が変わったから、外が変わって見える。自分の意識が変わったから、変わってるように見える。私のなかもリアルだし、私の外もリアルだし、それが同時にある、そういう感覚です。自分のなかで、この世っていうのはすごいもので、あの世というのもあって、何次元もあるんだろうなということ。迫ってくる気迫のようなもの、満ち満ちているエネルギー。そういう次元の違うところのものがあるという気が、そのときしました。退院して日常の生活に戻り、もっともっと現実的なことに時間を謀殺されるようになると、物理的な自分、経済的な自分が戻ってきました。

ふたつめは、忘れもしない、ある年の4月1日。仕事が終わって夫の運転する車に乗っていたときのことです。ぽかぽか陽気で、とってもいいお天気の日。子どもたちもすごい陽気で、陽の気が満ち満ちている。学校は休みだし、いいお天気だし、遊びまわってきらきらしているわけです。
住宅街だったので車はゆっくり走っていましたが、交差点で、坂から女の子が自転車で下りてきたんです。バーンと当たって、自転車と一緒に女の子が車の上を飛んで、反対側に落ちた。その子は完全にうちのめされている状態。私はどう降りたか憶えていないけれどとにかく車から降りて、この子を助けてください、助けてくださいって、必死になって祈りました。そうしたらその子、起きたんです。すぐ救急車が来てくれたんですが、ラッキーなことに骨折だけで済んだ。目も開かないし、グッタリとなっていたのに。祈るってすごいことだなと思いました。あのとき助けてくださったことに、今も感謝しています。

そして3つめは、お正月休みにみんなででわいわい温泉に行ったんですね。新しい年を迎えるという華やいだ気分で、少しお酒を飲んだことも重なったのか、なんだか気持ちが悪くなってきて。ちょっとお手洗いに行ってくるとかいって、立って歩いて、ドアのノブに手をかけたとたん、もうそのまま意識がなくなっちゃったんですね。どのぐらいの時間だったんでしょう、けっこう長く倒れていたようです。コンセントが抜かれたように、バターンって行っちゃったんです。
冷たくてドロドロの、長いトンネルの底に私は倒れていました。なんでこんなに冷たいところにいるのかしらってゆっくり起き上がると、トンネルの向こうのほうに光が見えたんですね。寒さに震えながら光のほうに行って、それを抜けるとものすごくきれいな世界。この世の、(窓の外の街路樹を指差して)この緑じゃないんです。緑も光もものすごく美しい色で、こっちへおいでよって、ふわーんとしてる。ああ、なんていい気持ちなんだろうと思っていると、「淳子、淳子」って呼ばれるんですね。そっちのほうに行くと、今思えば閻魔様みたいな誰か立ってるような、そんな感じで呼ばれてるんです。すごーくきれいなところと、すごーく怖いところ、両方から引っぱられる感じ。
でもそのとき、とても冷たいものが胸に当たっているのに気がつきました。義母が声をかけながら心臓の部分を冷やしてくれていて、それで目が覚めたんです。フーッと息をしました。目を閉じるとまたそこへ引き戻されそうで、ずっと目を開けていました。

──じゃあそのとき、先生自身はどちらの世界も選んでないんですね。

そういう気がします。呼ばれてるのに気がついたんでしょうね。まだ役目があるよと呼び戻されたんだと思います。最後まで意識があるのは耳なんだそうですね。気を失ってる人でも耳はもしかしたら聞こえているかもしれないから、呼び続けなさいっていうのは聞いたことがあります。

──倒れてしまったのは、なぜだったんでしょうか?

わからないんです。ひとつ思うのは、あの世があるという体験をしなさいってことだったのかもしれないなと。で、あちらも現実で、こちらも現実なんだよと。魂というのはつねにそういうふうに生きているもので、こちらでの肉体があって初めて私たちは話し、行動として示すことで、自分の気持ちを表現できる。魂だけではそういうことはできません。思うことはできるけれども、肉体がないとそれを伝えることはできないという、その差なんだろうなと思うんですね。ほんとに伝えるためには物質化しなければならない。物質化するためには何かコンセントをつけるとか、エネルギーの転換をしないかぎり、コンタクトできない。

来るときには何もないし、行くときにも何もない
この身体だけ

私は大事なこと、たとえば健康であることや健康のありかたを伝えさせてもらっていますけど、そのなかに生き方があって、生き方のなかにどうしたらいいんだろうという思考があって、よりよく生きるためにはどういうふうにするかという哲学があって、宗教があって。自分の生き方のなかに、いろんなものが用意されている。
先人たちの教えるとおり、この地球というのはまさに知恵のつまった本であって、そういうものを学ぶために私たちは肉体をもらってきていると思うんですね。死というのはいつも口を開けて待っている。来るときにも何もないし、行くときにも何もない、この身体だけ。ただ地球で体験したものだけがその人のメモリーとなり、それをひとつの元として、また肉体をもらってくる。お釈迦様の言う輪廻転生ですが。もしもほんとにこの世に執着がなく完全にピュアな状態なら、もはや肉体をもたなくてもいいような魂になりきるということなんでしょうね。

──じゃあ、肉体をもっている私たちはまだ未熟なんですね(笑)。

お勉強がありますよってことなんだろうと思います。たくさん勉強させられますよね。なんでこんなことが次々起こるんだろうということが、死ぬときまで続く。それを非常に客観的に俯瞰して、見て学んでいけばいいんだと思います。ヨガの教えも、お釈迦さまの教えもそうだろうと思います。
要するに、自分の内側にあるものは自分で管理しなさい、ここから外側にあるものは最初から苦なんだよと、それはお釈迦さまが言っておられます。あらゆるものはすでにすべて苦であるけれど、それを苦とするかしないかは、自分の内をどうしていくかってことなんですね。

友永淳子
友永ヨーガ学院学院長。群馬県高崎市出身。東京女子体育大学体育学科、明治大学法学部卒業。渡印、渡米によりヨーガ指導法を学ぶほか、至心流剣術師師範。

友永ヨーガ学院
シバナンダヨーガを基本とした友永ヨーガメソッドを推進するヨガ教室。1978年の発足以来、親子3代にわたる受講者も。東京・荻窪の本校のほか、現在は全国に友永ヨーガを学べる教室がある。なお、本校には足圧法(www.sokuatsu.info)のマッサージスペースも併設。足圧法を学ぶコースもある。www.tomonagayoga.org

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