横尾 香央留/糸のゆくえ

木工 山口和宏

むく、むく、むくと少しずつニットは成長していきます。カルストゥラに住む、ラウラとマリヤから届いたニットは、冬のフィンランドを思わせる深い色やグレイッシュな色が足され、表情が変わってきました。横尾さんは、次のアイデアを考えるべく、木工作家の山口和宏さんを訪ねます。

いざ、九州へ。
いつもはひきこもり気味だけれども、旅に出る時はぐっと距離をあげる横尾さん。前回訪ねたのは陶器のアトリエだったので、どうせなら違う素材がいいね、せっかくなら普段会えない作家の仕事場を見たい、といつの間にやら旅気分に。福岡県のうきは市。博多の中心から車で1時間と少し。山道を登り、木々をかきわけたような場所にぽっかりと、ご自宅兼アトリエがありました。横尾さんは以前に一度挨拶をしたきりで、きちんとお話しをするのは初めてとなります。

横尾香央留 母からことづかってきました。

山口和宏 ありがとうございます。お母さん、元気ですか? 腰の具合とか。

横尾 たまに痛いみたいですけど、元気にやっています。
よろしくお伝えくださいとのことでした。

山口 うれしい。なんか、すごく緊張しますね。

横尾 ご出身もうきは市なのですか?

山口 生まれは北九州なのですが、家具作りしようと思って勉強したのが、山の向こうにある福岡県星野村というところなんです。20代の後半くらいでした。その後、自分でやってみようと思って、うきは町の古い民家を借りたのが最初です。でも、その場所はなかなか生活が大変で。近所のおばあちゃんに紹介してもらって、もともと柿畑だったいまの場所に移ってきたのです。

横尾 お家、すごく素敵です。まさか、ご自身で建てられたのですか?

山口 家はさすがに大工さんに入ってもらいましたが、作業場は自分で建てました。25年くらい前になります。作業場をつくるのに半年くらいかかったんですが、慣れないことをしたので体調を崩してしまって。しばらくは休みながら仕事を再開して、少し経ってから自分の家に取り掛かりました。自宅は2階建てなんですが、僕は高いところが苦手なので、そこは大工さんにお願いして。1階部分の天井、壁、床、建具とかは全部自分でつくりました。

横尾 家具を志したのは、何かきっかけがあったのですか?

山口 まずは会社勤めができないし。社会性がまったくなかったので、何か自分ができるものっていうのを探していて。26〜27歳の時に本屋さんでたまたま『緑の生活』という本を見つけて。それは、オークヴィレッジという岐阜県の飛騨高山ある工芸村を始めた方が出された本で。地方に住んで、農業やものづくりをしながら、自然に近い暮らしをしている人たちの実践が書かれていて。自分にもできるかも、と思ったのです。

木がいいなと思ったのは、なんでしょう、何か惹かれるところがあったんでしょうね。友人の紹介で家具の修行に入った工房も、初めて行った時に、なんというか社会性がない感じの風貌の方──髪の毛が長かったり、髭が長かったり、変わった人が集まっていて楽しそうだなと思ったのです。

横尾 社会性(笑)、でもわかる気がします。最初は、いまのようなカッティングボードやお皿ではなくて、家具を作られていたのですか?

山口 テーブルや食器棚といった注文家具ですね。でも、なかなか注文は来なくて。福岡市内で、会場を借りて展示会をしたりしているうちに、少しずつ応援してくださる方が増えてきて。家具作りもなんとなくやっていけてたんですが、注文家具というのは、お客さんと打ち合わせを重ねていかなきゃいけない。こういった材料でこんなかたちになりますと図面とか見せながらやりとりしていると、だんだん辛くなってきて。長くは続けられないなと思ったんです。この場所で家を立てて暮らし始めて、せっかく家具を作り始めたから、自分が作りたいもののスタイルを決めてその範囲内でやっていこうと思って。それから、食卓で使えるような小さなもの、器とかカッティングボードとかを作り始めたんです。

横尾 確かに。人と話すのが苦手で会社員にならなかったのに、そのバランスをとるのが難しいんですよね。今は、お一人で作っていらっしゃるんですか?

山口 娘の夫と二人で作っています。それまではずっと一人でしたね。人と一緒に仕事したいと思ったことがないし、できるとも思わなかった。弟子にしてくださいという人も何人か見えましたけど、ちょっとお茶飲みながら話をすると、次に尋ねては来なかったですね。

横尾 私もずっと一人で仕事しているので、痛いほどよくわかります(笑)。

山口 デザインにしても、若い頃は自分のオリジナルのものづくりができないかと考えていろいろ挑戦したりしてみたんですが、そうやって頭で考えて作ったものって自分で使っていてもすぐに飽きてしまって。それから、古いものでも新しいものでも、自分がピンとくるものを買ってきては、寸法を写して実際に自分で作ってみるということをしていました。自分で作ってみると、いいものって、本当によくできているんだということがわかる。それから、少しずつ厚みや幅やアールの角度を自分が心地いいと思えるくらいに調整して。作り続けていくうちに、自分の雰囲気が出てきたという感じです。

横尾 いまは家具と食器、両方を作っていらっしゃるんですね。サイズによって取り組む姿勢とか感覚が異なりそうですが、いかがですか?

山口 家具は、全身の力を使ってつくる感じですね。わりと僕は肉体労働が好きで、家具の場合は仕事をやった感が強い。椅子の場合は10脚とか20脚分のパーツをまとめて作るんですが、機械を通す前の微調整や治具を作るひとつひとつの作業が重要で。特に機械をセットは髪の毛1本入らないような緊張感で挑みます。そうしないと、実際にパーツを組み立てる時にうまくいかなかったり、歪んでしまったりする。組み立てる時も、バランスよく一緒にやっていかないいけない。本には作り方の順番とかも書いてありますが、実際に身体で覚えないとわからないですね。

横尾 素材によっても違いそうですし、身体感覚が重要なんですね。

山口和宏

1956年生まれ。
高校卒業後、いくつかの職を経て、家具工房に勤める。1986年に30歳で浮羽町の山中で家具製作をはじめる。1995年、工房と住居を吉井町にかまえ、トレーやカッティングボード等の木工品をつくりはじめる。現在は、娘の夫と二人で木の道具や家具をつくっている。
展示会などの情報はウェブサイトより。
mokkousyo.jp

横尾香央留

1979年東京生まれ。
ファッションブランドのアトリエにて
手作業を担当した後、2005年独立。
刺繍やかぎ針編みなどの緻密な
手作業によるお直しを中心に活動。

主な著書
『お直し とか』(マガジンハウス)
『変体』(between the books)
『お直し とか カルストゥラ』(青幻舎)
『プレゼント』(イースト・プレス)

主な個展
「お直しとか」(2011/FOIL gallery)
「変体」(2012/The Cave)

主なグループ展
「拡張するファッション」
(2014/水戸芸術館、丸亀市猪熊弦一郎現代美術館)

編集・文/上條桂子 写真/白木世志一

《横尾香央留 糸のゆくえ》の記事

  • フィンランドと日本を行ったり来たりのニットの交換日記。ヘルシンキ在住、アアルト大学の学生でマリメッコのテキスタイルデザイナーでもある島塚絵里さんが編み繋いでくれたニットのテーマは『森からの贈り物』。

  • 日本からフィンランドへ。何度も海を行ったり来たりして、少しずつ編み地が足されていく横尾香央留さんのニットの交換日記。次なるアイデアを求め、天然染料で染め物をする宝島染工の大籠(おおごもり)千春さんを九州に訪ねます。

  • フィンランドと日本を行ったり来たりしながら、少しずつ編み地が足されていくニットの交換日記。横尾さんは木工作家の山口和宏さんのアトリエを訪ね、お話をした一日から浮かんだ光景をニットに綴っていきました。

  • フィンランドと日本を行き来し、むくむくと成長していきたニット。次の編み地のアイデアを考えるべく、横尾さんが次に訪ねたのは、福岡県うきは市、木工作家の山口和宏さんの工房でした。

  • フィンランドの小さな町カルストゥラで出会った元マリメッコのチーフデザイナーノーラから届いた小包。そこにはニットと続きを編んでという手紙が入っていました。その後、ニットはフィンランドと日本を行ったり来たりしながら、その場の空気と物語を一緒に編み込んで、少しずつ、ゆっくり大きくなっていきます。

あわせて読みたい記事・おすすめ商品

オンラインストア入荷情報