横尾 香央留/糸のゆくえ

フィンランドと日本を行ったり来たりしながら、
少しずつ編み地が足されていくニットの交換日記。
横尾さんは木工作家の
山口和宏さんのアトリエを訪ね、
お話をした一日から浮かんだ光景を
ニットに綴っていきました。

リビングには大きな木のテーブル
その上に置かれた天板に
もちもちに醱酵した生地が載る。
そこに山口さんはズボズボと指で穴ぼこを空け
オリーブ油をたらりと流し込み オーブンへ。
娘はスープを作り 義理の息子が珈琲を淹れる。
暖炉の火は明るいオレンジ色で
その前では小さな孫と猫が戯れている。

架空の世界にしかありえないと思えた生活が
いま 目の前でごくごく自然に営まれている。
若い夫婦を見ていると
『耳をすませば』の主人公達が成長し
家族になったようで微笑ましく
なぜだかじんわりと視界がぼやけ
自分の年老いた反応に驚く。

山口さんの作品とは原宿にあるZakkaで出会い
ご本人に一度お会いしたのもZakkaだった。
洋服の仕事をしている母はその後もイベントなどで
山口さんとご一緒する機会があり
なにかとお世話になっているようだった。
福岡に行った際には 空港まで
車で迎えにきてもらったこともあるといい
まったく母の図々しさにはあきれてしまうが
そのコミニュケーション能力を受け継いでいたならば
もう少し生きやすかったかもしれないな とも思う。

初めてきちんとお話をして
山口さんもまた 人と話すのが苦手で
ひとりで出来ることを始めたのだということを知った。
それなのに注文仕事ではお客さんと
打ち合わせを重ねなければならず
だんだん辛くなったり
長くは続けられないなと思ったり
という話はわかりすぎて うなづき続けるより
うつむき続けた方がいいくらいだった。
そこからいまのスタイルを確立するまでのプロセスを
ゆったりとした口調でおもしろおかしく語る
山口さんの言葉はやはりじんわり あたたかかった。

リビングの椅子やテーブルやカップボード
そしてその中身もまた山口さんの作品。
こんなにも贅沢に日常使い出来るだなんて
うらやましい という思いとともに
“自分で作ったものを自分で使う”
ということは意外と難しく
それが出来るものを作ってこられたということが
なにより うらやましかった。
わたしは自分の服を滅多に直さない。
お願いしてくださる方には申し訳ないが
自分の直した物は なぜだか精神的に着づらい。
わたしも上手に年を重ねたら
山口さんのようになれるのだろうか。

アトリエを訪れた日から少し時間が流れ
突然思いだし 本棚から探し出した
『山口さんの椅子』という本。
鈴木るみこさんによって書かれたその本は
とても薄くてすぐに読み終わってしまったのに
その後もバッグに忍ばせ 時折読み返していたから
カバーの上部は毛羽立っている。
“山口さんがあの山口さんだったとは…”
ひさしぶりに読み返す本の中の山口さんに
「娘さんは東京から帰って来て
いまではお弟子さんでもある息子さんと
お孫さんもできましたよ」
と 懐かしい写真に話しかける
老婆のような気持ちになる自分にまた驚いた。

あの日のことを思い出すと よみがえってくるのは
オリーブ油が輝くフォカッチャ
野菜が細かく刻まれたスープ
淹れたての珈琲
窓から見えた柿畑。
それらをラウラとマリヤが
編み繋いでくれたものに編み足してみる。

横尾香央留

1979年東京生まれ。
ファッションブランドのアトリエにて
手作業を担当した後、2005年独立。
刺繍やかぎ針編みなどの緻密な
手作業によるお直しを中心に活動。

主な著書
『お直し とか』(マガジンハウス)
『変体』(between the books)
『お直し とか カルストゥラ』(青幻舎)
『プレゼント』(イースト・プレス)

主な個展
「お直しとか」(2011/FOIL gallery)
「変体」(2012/The Cave)

主なグループ展
「拡張するファッション」
(2014/水戸芸術館、丸亀市猪熊弦一郎現代美術館)

写真/ホンマタカシ 編集/上條桂子