どんぐり倶楽部・糸山泰造さんインタビュー
その3

学校で使ってもらうために

——どんぐり倶楽部の問題は、年長から6年生までありますが、先ほど12歳までに思考回路をつくらなければならないというお話がありました。
仮に小学校の高学年でどんぐりを知って、そこから始めたい場合は、どうしたらいいでしょうか。

どんぐりの問題は、年間で100問、年長さんから6年生までで、合計700問あります。
年長から始めた子は1週間に2問やればよいのですが、たとえば5年生で始めるなら、2年間で700問を終えたいわけですから、
普通に考えれば毎日やることになります。
高学年は体力もあるし、心が自然に育っていれば、それでももちろんかまいません。
でもまあ、間引きしてもいいんです。
だいたい間引きすることのほうが多いんですけどね。
いずれにしても、詰め込んでやってもどっちでもいいように、どんぐりはつくってあります。

——どんぐり倶楽部の教材を使った教室が全国にありますが、ロイヤリティがないというのを知ってびっくりしました。

無料にしておきたいんです。
なぜかというと、学校で使われてほしいから。
有料だと学校で使えないでしょ? ポイントはそこなんです。
ロイヤリティゼロ。そして、指導しなくていい。
これまで僕が添削したものも、全部資料として見られるし。
そんな仕組みが、じつはできあがってるんです。

——はじめから、そういう発想で始められているんですか。

そうです。どんぐり式に絶対変わると思ってるんです。
名前は消えてもいいんですけどね。
だって、100%、思考力がつくんですから。
既存の学習形態を守っている人は、そのシステムで結構な利益を得ることができるからです。
それに、ほとんどの塾は成績は見ても学力は見ていない。
どんぐりは、資本もロイヤリティも不要。
だから、指導料がそのまま利益になる。こんなシステムないですよ。
そこに気づいた人は、必ず変わるんです。
だってもともとはみんな、子どもに力をつけさせようと思って始めてるはずなんですよ。
だから、本当にそうできることがわかったら、必ず変わる。
トルコでのどんぐり倶楽部の広がりみたいに学校全体で一気に変わることもあるし。
あれだって最初は、ひとりがやりはじめたことだったんですからね。

——どんぐりを始めるにあたり、これまでの「理不尽な」学習を押しつけていたことについて、まず親が子どもに謝るべきであると、先生の本に書いてあります。親としてはショックですね。

教育というのは、子育てのほんの一部。だから、子育てと同じ感覚で教育ができなければいけない。
一部が本筋に反しているのはおかしいわけ。
理不尽なことを理不尽なまま置いておいて、子どもになにかを変えさせるっていうのは無理。
まず謝らないと駄目ですよ。
高学年だと、もうちゃんとわかってます。「なに急に勝手なこと言ってるんだ」って思っちゃうんですね。
本当に変わりたいんだったら、「間違ってた、ごめん」って一度謝って「考えるようになってほしいからやろうよ」って言わないとね。
小2ぐらいまでだったら、どうにかごまかしながらうまく方向転換できるんです。
男の子だとカラッと「いいよ」って言ってくれる子も多いけど、女の子は、そういった雰囲気とかわかるんで厳しいかな。
間違ってたからごめんって、なかなか言えなくてね。

——親のほうもきっと変わりますよね。

言った瞬間にガラッと変わったって人、けっこういますよ。
そして、すごく楽になります。
「なんでいままでこんな理不尽なことで怒っていたんだろう」とかね。
どんぐり倶楽部で指摘しているのは、心の健康や身体の健康をまったく抜きにしても、純粋に学力養成の妨げになることです。
「そこ怒るところじゃないですよ」ってよく言うのは、子どもってストレスがかかると、シールドを張って入力ができなくなるんです。
能力がどんなにあっても、入力しないって決めちゃうんです。

お子さんと一緒にお母さんが教室にいらっしゃると、お母さんのほうに、まずダメ出しをするんです。
そうすると、子どもが少しずつほぐれてくる。
「ああ、ほんとに無駄なこと言ってたな」とか、「自分の見栄で怒ってたな」とか、
「自分の感情で子どもを締めつけてたな」っていうのがわかるんですね。
それを子どもがわかると、だんだんほぐれてくる。
そうすると、手が動きだすんですね。
高学年なんですが、教室に来ていた子で、丸々2週間、鉛筆は持っているけれどもひとつの線も描かなかった子がいます。
親子関係はいいんです。ただ、いままでの勉強方法とあまりにも違ったので、すぐに対応できなかったんでしょうね。
お母さんはわかっているので、隣でじっとしていました。
すると3週めぐらいから急に描きだした。待つという体勢が本気なんだってわかったんですね。
安全地帯にいないと、子どもたちは動かないんですよ。
安心しないとやっぱり動けない。
もちろん家庭がそうあるのがいちばんいいんですけどね。
いま家庭にそれがなかなかないので。

子を育てることは、未来を育てることと同じ

——先生が最初にどんぐりを始めたきっかけは、現場で教えていての危機感だったと思うんです。それを今後につなげていくときの思いというのは、どこにありますか?

僕の役割は、つくるところまで。広げるのは自分の役割ではないと思っているんです。
だから、誰でも使えるような状態にシステムを組んで、あとはもう自由に使ってくださいというスタンスでいようかなと思っています。
今までホームページは、とっつきにくくしていました。
あんまり簡単に入ってこられると、ただ使うだけの人が多いんで。
そうじゃなくて、ちゃんと理論を理解したうえで、使うという覚悟がある人だけにしか使わせないようにしたかったので、
ホームページが折り紙つきに見づらい(笑)。
そうすると、やっぱり冷やかしではなく、本気の人が来るんですね。
ただ、もうサンプルも上がってきてるし、学校のなかでの成果も出てきているので、
少し安心してできるように、そろそろ間口を広げていこうかと。
やったことがない人にとっては、あまりにもリスクが高いんでね。
いままでのお母さんたちの状況だとか、こういう状況だとこういうふうになりますよっていう関連づけもわかるようにして、
もっとわかりやすくしていこうかと思っているんです。

——教育改革で先生がやりたいことはなんですか?

学校だけで十分に、学力も知力も、感情も育てられるシステム。
日本の教育体系って、人もいっぱいいるし、ハード的にはもう完璧なんですよ。
お金もかける必要ない。ということは、あとは理論だけなんですね。
教育理論がそこに入れば、家庭でもゆっくりできるし、学校でもゆっくりできるし、子どもは賢く育つし、いいことずくめなんですよ。
だから最終的には、そこにどんぐりが入れればいいなと思ってるんですね。

——先生がよくメールの最後に書かれている「子どもたちをよろしくお願いします」という言葉に、子どもたちへの愛を感じます。

子どもって未来そのものじゃないですか。
「未来をお願いします」と言っているのと同じなんですよ。
誰の子どもとかっていうのはない。いまはあなたのお子さんですけども、僕ら人類のお子さんですから。
その子を僕が育てるわけにはいかないから、お願いするしかないもんね(笑)。
本人は自分の子どもだと思って育てているでしょうけど、じつはみんなの未来を育てているわけですから。

2013年11月

糸山泰造(いとやま たいぞう)
1959年、佐賀県生まれ。明治大学商学部卒。コンピュータプログラマー、システムエンジニア、バーテンダー、シナリオライターなどさまざまな職業を経験しつつ、進学塾講師および塾講師の指導に携わる。85年より「どんぐり倶楽部」運営。オリジナルテキストや教材の開発から添削や保護者の教育相談まで、教育を子育ての一部という信念のもとに指導にあたる。著書に『絶対学力』『新・絶対学力』(文藝春秋)、『子育てと教育の大原則』(エクスナレッジ)、『絵で解く算数』(朝日新聞社)など。
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