熊川紀子さんの“こども服と袋もの”

空気が澄み渡り、家の裏には湧き水が流れる。
そんな自然に囲まれたふるさとに、東京から戻って一年半。
土に触れ野菜を作り、糸を紡ぎ機を織る。
食べ物や着るものの「始めから」を、ひとつひとつ自分の手で感じ、
確かめてきた大切な何か。
熊川紀子さんの毎日の暮らしを、見せてもらいに行きました。

(2008年8月14日)

東京を離れる

ずっとやりたかった洋服の企画の仕事に携わり、忙しい日々を送る東京での暮らし。仕事を通したくさんの人たちと出会い、充実した毎日でした。しかし少しずつ小さな悩みが芽ばえてきたそうです。

「いろいろな経験をさせてもらい充実していたのですが、次から次へというスピードに自分の力量が追いつかず焦りを感じたり、このまま続けていいのかなと思うようになりました」。

そして心と体のバランスを崩し、そんな時、ふと実家に帰ってみようかなと思ったそうです。

「不規則な都会での生活もありましたが、次第に体調に現れてきたような気がします。心と体は一対ですね」。

東京を離れることや会社を辞めることに、最後まで迷いはあったといいます。そんなとき、地方で頑張る友だちが背中を押してくれたそうです。「それで決心しました。私のペースでできることをしよう。そして東京とはいい距離で、これからも付き合っていこうと」。

ホームスパンを卒業するときにもらった、デザイナーのお子さんからの贈り物。ミシン台の上に飾ってある。

土に触れ野菜を作り、糸を紡ぎ機を織る

熊川さんの実家は、愛知の山深い地域にある自然の宝庫。

「野っぱらを駆けてはおたまじゃくしを捕りに行ったり秘密基地を作ったり。夏は滝から飛び降りたり、川遊びもよくしました。毎日、夕焼けこやけになって家に帰るのが名残おしかったです」。

そしてそんな生まれ育った場所に帰り、まずやってみようと思ったのが、畑仕事。

「元々食べるものには気を使っていましたので、自然とやってみたくなったんですね。そしてご縁があって、母がよく買っていた福津農園のお手伝いをさせてもらうことにしました」。

ミシンを踏む先には、いつもの山並。山がない場所で毎日を暮らす人は、緑を見るだけで心が開かれていく感じがするけれど、子どもの頃からずっとそこにある山は、特別なものではなく、安心の一つなのかもしれない。

福津農園は、同じ東三河地区で25年前から有機農業を実践する、この地方では有名な農家。農薬や化学肥料は使わず、200羽のにわとりを飼い、その糞を肥料とする循環型の農業を実践しています。野菜だけで年間100種類、果物や花を合わせると180種類にものぼる品種を育て、収穫して畑があくとすぐに種まき。畑に目をやると、雑草がのびのびと植わっています。園主松沢さんの奥さんに聞くと、これもひとつの知恵らしいんです。

「夏の雑草はすごい生命力でしょ。畑の野菜を覆ってしまう程伸びるのよ。だからその最盛期を少しでも短くするために、わざと秋冬の雑草を刈らずにをそのまま生やしてるの」。

とにかく虫を排除するのではなく、虫や雑草や微生物のことも理解し、生き物たちに沿って行う農業。そこには”賢い知恵”が必要なんですね。

そしてもう一つ始めたのが、機織り。蒲郡発祥の、シンプルな縞模様が美しい三河木綿という木綿があります。その昔、三河の農家の女性たちは綿を栽培し、糸を紡いで草木で染め、ひとつひとつ織り上げ、家族の衣服を作っていました。
「綿の種を蒔くところからできあがるまで、気の遠くなるような長い工程を、家族のために、それも当たり前のようにやっていたことに頭が下がる思いがしました。素朴な縞模様にもひかれ、やってみたいと思ったんです」。

明治時代以降途絶えていた三河木綿を、数年前、お婆さんたちを訪ね歩き復興させた高木宏子先生の元、織りを始めることにしました。
「この間、裏の畑に綿の種を蒔いたんです。藍も育てるつもりです。機織は、今後の自分の軸になるといいなと思っています」。

つながりを大事にした“ものづくり”

ご家族総出で歓迎していただいた、今回の訪問。「ここは気を使うところじゃないよ」のお母さんの言葉に甘え、まるで実家に帰ったような、そんな一日を過ごさせてもらいました。食卓いっぱいに並ぶ、ごちそうの数々。笑いの絶えない毎日。そんなあたたかな家族の中で、この一年半、自分自身の根を見つめ、その根を自分の足下にしっかりと根付かせる準備をしてこられたんだと思います。

そしてまた歩き出す準備が整い、スタートさせた自分らしい”ものづくり”の形。これからどんなもの作りをしていきたいですか?
「心地よいとか幸せな気持ち。そんな気持ちの伝わる子ども服や袋もの。人と人とのつながりを大事にしたものづくりをしていきたいです。」

今回熊川さんのもんぺや袋の縫製をお願いしたのが、東京都小平市にある社会福祉法人ときわ会あさやけ第3作業所さん。熊川さんと訪問し、ここ半年、いろいろとやりとりを重ねてきました。

「初めてのことにも皆さん挑戦して下さったり、私たちをわかろうとしてくれる気持ちがとっても伝わって、もっとがんばらなくては!と思いました。皆さんと一緒に、いいものを、喜ばれるものを作りたいと改めて感じた、貴重な機会でした」。

人と人とのつながりを大事にしたものづくり。
“くらすこと”の店でも、こうして、少しずつ始まっています。

くらすこと 藤田ゆみ

熊川紀子
愛知県生まれ。東京のアパレル会社で商品企画に携わる。その後愛知に戻り、ものつくり活動を始める。2009年に「koton」を立ち上げる。