“recit”店主 川上美保子さんの連載 『この場所から見える、風景』
バックナンバー

vol.18 『paper』

古書店がすきで、手元に古本ばかりが集まってきてしまう。
勿論、読む為に買っているので読むのだけれど、古い本自体の持っている
様子がすきなのだと思う。
まず、紙であるのがいい。

物は時間が流れると、それぞれに古びてゆく。
木、琺瑯、銅、鉄、陶器、アルミニウム・・・どれも美しい。
色が変わり、質感が変わり、錆が出たり、緑青をふいたりする素材特有の変化もある。
紙の変化も、とてもきれいだと思う。

先日見付けた帽子箱は、フェルトの黒い紳士帽が入っていた。
淡いグレーで、一部紙がはがれ、全体に傷がつき、色が変わっている。

グラシン紙は写真のネガや写真自体を挟んで使っていたもの。
かさかさに乾き、波うち、端がめくれたようになり、
色も褐色に変わっている。

医療用の包帯が入っている箱は、だいぶん傷みが激しい。
枯葉のような色あいになり折れ目が入り、千切れてしまっている部分もある。

そういう紙の変化がすきで、骨董市でも、つい中身ではなく
紙箱をしげしげと見つめたり、古いスケッチブックの何も描かれていないページに心魅かれていたりすることが、よくある。

以前は紙の素材を使っていたものが、最近少しずつ紙でなくなりつつある。
素材が変わっただけでなく、手紙がメールになり、新聞にもweb版があり、
書籍がディスプレイで読めるようにもなってきている。

この流れにはちょっと逆らえそうもない。
けれど、「でも、紙、きれいなのに」と、言いたくなるのだ。

vol.17 『Type writer』

タイプライター タイプライターを最初に見たのは、高校生まで英語を習っていた先生のところで、通訳や翻訳の仕事をしていたひとだった。ご主人は学者さんで植物関係の研究をしていたから、大きな辞書や図鑑、和綴じ本、とにかくあらゆる本が廊下まで積まれている家に住んでいた。
今でもあんなに沢山本のある家を見たことがない。
その頃は、パソコンよりワードプロセッサーの時代だった。けれど先生はいつもタイプライターを打っていて、傍らに置かれた片手では持てないほど分厚い大きなオックスフォード英英辞典と一緒に、いつもなつかしく思い出す。

もう6~7年程前、アメリカ製の古いタイプライターを買った。

「油をさしたら、使えるようになるからね」
と言われても、こういうものは専門のひとに修理してもらわないといけないのではないのかなと思っていた。それでも案外安かったことと、このくらい古い形のタイプライターにはよくある金色の装飾文字が入っていないところに魅かれて、つい買ってしまった。

とにかく重い。
修理しないで、そのままになっていた理由のひとつはこの重さで、誰かに見てもらおうにもそうそう動かすことができない。古いタイプライターを修理しているところにも心当たりがなかった。
自分で直すとすると、どんな油ならいいのか判断がつかなかった。それが少し前に、ミシンに付いてきた機械油が出てきて、そういえばタイプライターの修理…と思い出したのだった。

ひさしぶりにキーを叩いてみる。
ほとんどのキーが上がってこず、そのまま下りた状態になってしまう。
この種類のタイプライターは構造が覆われていなくて内部が見えるから、注意して見てみるとどうして上がってこないのかが分かる。

古いものは造りが単純だから修理ができる、とよく言われる。
逆に言うと、今のものは構造が複雑で、見ても分からないから、あまり見ようと思わない。
専門の人に修理を頼んでも、新しいものを買う方が安いというのは度々あることで、
長く使い続けにくくなってきていると思うし、物とのつきあい方も違ってくるように感じる。

埃を払い、部品のひとつひとつを拭いて、油を注していくと、全部のキーが動くようになった。タイプライターのインクリボンは今も売られているので、あとはそれを取り寄せれば、ちゃんと使えるようになるはず。

vol.16 『Cage』

時々、古い鳥かごの中で不思議なほど高さのあるケージを見かける。
長いこと疑問に思っていて、「これは、なにを飼っていた籠なのですか?」
と骨董市で尋ねてみたことがある。

天が高いのはひばりだっていうけどね。

高さが100センチ以上ある丸い天井の鳥かごを見ながら、売り主は、たしかじゃないけど、という感じで教えてくれた。
「ひばり」は飼う鳥という発想がなかったので意外だったけれど、そういえば、と思い当たることがあった。おぼろげな記憶から谷崎潤一郎の「春琴抄」を読み返してみると、主人公が鳥を飼っている場面でこんな一節を見付けた。

鶯に次いで愛したものは雲雀であった。此の鳥は天に向って飛揚せんとする習性があり籠の裡にあっても常に高く舞い上がるので籠の形も縦に細長く造り三尺四尺五尺と云うような丈に達する。

一尺は30センチ程なので3尺は90センチ、4尺は120センチ、5尺だと150センチにもなる。
幾度か見かけている籠は子供一人くらいは入りそうな高さでケージとしてはかなり大きい。
ただ高さに比べ底の円の面積はそれほど大きくはないから随分変わった形に感じ、ずっと気になっていたけれど、どうやら「ひばり」を飼う為の籠だったらしい。
一斉にひばりを高く舞い上がらせ、啼く聲を聴き、下りてくるまでの滞空時間を競う競技についても書かれていて、その様子を想像してみたりした。「籠」という糸口からこんなふうにつながっていくのはちょっとおもしろいと思う。

単純にものの形や質感に心ひかれることが多い。
けれど、道具の場合「なぜだろう?」と思う大きさや形をしていて、そこからなにか別のものを見たり識ったりする場合がある。
時には簡単なことが思い浮かばず、頭の固さにはずかしくなったりもする。

少し前店に、13センチ×7センチほどの植物の本を置いていた。
野草の絵がきれい、ということしか思わずにいたら、或る日、お客さんのこんな会話が聴こえてきた。
「随分、小さい植物図鑑だね」
「ほんとだ。なんでだろう?」
しばらく考えてひとりが言った。
「わかった。山に持っていくためだ」
成程。

vol.15 『Children』

「これはなんですか?」
と、最近よく訊かれるものがある。

パウダーブルーとベージュのやさしい色合いの小さな球で、少しずつ売れて、だいぶ少なくなってしまった。
70年程前の子供が遊んでいたビー玉のようなもので、ビー玉は名前通りビードロ(硝子)玉。
これは素材が土で日本製。
絵が描いてあるものもあるのだそう。
古いオランダのビー玉も手元にあるけれど、日本のこれも負けずにとてもよい空気感だと思う。

古いものの中には勿論子供のものも多く出てくる。
衣類、文具、絵本、ぶらんこ、すべりだいといった遊具、積み木、輪投げなどのおもちゃ…書いていくときりがない。以前、扱ったおもちゃの黒いピアノは絵柄などなく、鉄琴と同じ仕組みのものが内部に入っているので透明ないい音で鳴った。
子供のものという区分ではなく形、デザインの美しさ、新しさにびっくりすることもある。

先日、見付けた子供服は、ココアブラウンの落ち着いた色あい。
襟や釦の形も全く古さを感じさせない。
2〜3歳くらいかな思っていたら、この小ささだと1歳くらいまでしか着られないとのこと。
袖の裏地にだけ空色とピンクの細いラインが入った布がひっそりと使われているところにも心動かされる。洋品店にオーダーしたのか、型紙から自分で縫ったのか、どちらにしても細かい部分まで丁寧に作られていて、作りのよさに感心するとともに、見ているととてもやさしい気持ちになる。

vol.14 『Stainless』

古いものを扱う仕事をしているけれど、古いものがすきなのかというと少し悩む。

古いものも新しいものも自然物も人の手で作られたものも境なく、きれいだと思う姿形があり質感があり、いつもそれを探しているように思う。

だから新しいものの中にもきれいだと思うものは当然ある。

比較的新しい素材でいうと、ステンレス。
厨房で使われる業務用などは形がシンプルで美しいし、清潔なのがいい。
ステンレスのシンクやポットをみがくのがすきで、さっぱり洗い上げるのは楽しい。
新しいステンレスの無機質な光は苦手だけれど、大事に使われ手入れされていくうちにまとう空気にやわらかさが出てくる。

まだ店を開く前、よく行っていた古いものを扱う店があった。
夏にはいつも麦茶をだしてくれて、それを注ぐジャグはとてもきれいな形をしていた。
ステンレスだし、そんなに古いものではないだろうと思いつつ、どういうものなのか、ずっと訊きそびれていた。

或る日、話の区切りのいいところで尋ねてみると、北欧のデザイナーのもので…という意外な答えが返ってきた。伊万里だの信楽だの日本のものを中心に扱っている店だったので、ジャグが北欧というのは思いもしなかった。
デザイナーはアルネ・ヤコブセン。1960年代の終わりに発表されたステンレスのシリーズのひとつだった。

その後探してみたけれど、写真で見ても店頭で見てもそれはかちんと冷たく感じた。
やはり道具は使われている姿が美しい。
腕からポットまで一連の流れがあり、すっと直線的で、じっと見つめてしまう程、きれいなのだった。

vol.13 『Shelf』

月に一度、東京中野の新井薬師で開かれる骨董市に行く。
昔ながらの雰囲気を色濃く残し、こぢんまりしたいい場所で、好きな市の一つである。

母が子供の頃を過ごした家は、新井薬師の近くにあった。
先日、電話で話していたら、「昔はあの辺りに映画館があったけれど、今もあるかしら?」と言う。近辺には詳しくないので、よく分からないと答えると懐かしそうにその頃の話をしていた。

そういえば、以前、古い映画館でフィルムを収納していた棚を扱ったことがある。
ちょうどフィルムが横に数本収まる木の棚で、ブリキが貼られていた。
一段一段の棚の高さがやや低いので使いづらいだろうかと思いつつ木と金属の組み合わせがよいので置いていたら、若い人が買って下さった。

それからしばらくして彼女は、会社を辞めて離島の民宿で働く事にしました、と話しに来てくれた。技術のある仕事だったので勿体ないと思いつつも、彼女から聴いた「なにもない島」の話は、とてもおもしろかった。
物がありすぎる生活について考えることは多い。けれど、店自体が数えるほどしかないという
その島に暮らせるかを考えると、私には到底難しいように思われた。
「出来れば、映画館のないところには住みたくない」と言った記憶がある。
映画館どころか…これもこれもこれもない、と話してくれた数々は想像を超えていた。

彼女は今もその島の民宿で海を見ながら暮らしているのか、それとも新しい何かを始めたかもしれない、と手元を離れた物のことと、それを通じて知り合った人のことを久しぶりに思い出していた。

vol.12 『Farm tool』

農具というのは、勿論、農業に使うための道具。
古道具の中にはこの農具が本当に色々とある。

船をこぐ櫂のような形の木の道具は先の縁部分だけ鉄板が貼られ、それが時間の経過で
錆びて美しい。
用途を訊いてみると、土を掘るためのものだという。
鉄板が貼られているのは、一番力が加わる部分の強度を増すため。装飾ではない。
シャベルのように土をざくざくとかきだすことに使ったわけで、重さを考えると全体は木製が扱いやすい。けれど、何もしなければ相当強い力の加わる先端部分はどうしても早く傷んでくるに違いなく、それを避けるために一部だけ鉄を使った。
とても理にかなっている。

車輪のついた農具は、石灰で運動場に線を引くライン引きに似ている。
これは畑に種子を撒くためのもの。
木の質感がやわらかく、ミルクティーのような色合いもきれい。
手押しで、通った道筋には、種がポトポト落ちる。
こういう種まき機の中にはなかなかよく出来ているものもあって、種の落ちる穴の大きさを選べたりもする。
仕組みは簡単で、小さいものから少しずつ大きくいくつか穴が開いた薄い円形の部品が付いている。それを回してその日に撒く種とちょうど良い大きさの穴に合わせる。
すると穴が大きすぎて小さな種がまとまって落ちてしまうことなく、きちんと土に撒かれていく。
または、1列だけでなく2列3列に種を落としていけるものもある。これも構造はシンプルで左右に種を振り分けるための滑り台のような小さなレーンが付いている。
この円形部品やレーン、時には車輪も鉄製で、「機械」というものものしい感じがおもしろい。

どれも道具としてより使いやすいようにと仕様が施されている。
けれど70年以上年月が流れ、道具としての使命を終え、ひとつの物となった今は、単純にその形や質感の美しさに心動かされる。
それはそれぞれの物が、作為ではなく用途に向けて作られているからに違いない。

そういえば、道具としての使命は終えたと思っていたけれど、以前種まき機を買ってくれたひとは、美術大学の学生さんで卒業論文のために古い種まき機で種を撒いてみるのだと言っていた。
どんな卒業論文が出来たのか、少し気になる。

vol.11 『Green house』

先日、訪ねた知人の家に小さな温室があった。
それを見た時、もう長いこと忘れていた記憶が、ふと思い起こされた。

まだ私が子供の頃、祖父母と一緒に暮らしていた家の横には温室があった。
白いペンキ塗りの木枠の昔の造り。ビニールではなく、白い半透明のセルロイドのような材質のものが使われていた。
動きにくい戸を開けると、湿った苔、土、花の匂いがしていたことを思い出す。
そして祖父の部屋に置かれていた何冊もの厚い植物の図鑑や、時々小包で届いていた種子。

幼稚園に通っていた頃、ひとりの子が柘榴の実を持ってきた。
それが、私が柘榴を見た初めてで、こんなきれいなものが果物であり、食べられるなんてすごいと思った。家族にも見せなくては、とその実を数粒持ち帰ったことを覚えている。
けれど、そのことを自分がどんな風に両親や祖父母に話したのかはまったく記憶がない。

それから10年以上経って、祖父の温室にひょろひょろと伸びている木が柘榴の木だと教えられた。私が幼稚園から持ち帰った柘榴の種子を、祖父が発芽させ、温室で育てていたのだという。

以来、家族に柘榴の実を見せながら会話した幼い日の自分を、思い浮かべるようになった。
初めて見た柘榴の実にはしゃいでいる4才の私を、祖父は笑いながら眺めていた気がする。
おそらく祖父にとって柘榴の実は別段めずらしくなかったに違いない。
それなのに、小さな種子は大事に育てられ、樹木になった。

あの温室も柘榴の木も、随分前になくなってしまったけれど、帰り道の電車の中で今はもういない祖父のことを思い出していた。

vol.10 『Window glass』

先日、recitのドアの硝子を透明なものから磨り硝子に変えようと思い、工務店のひとにお願いすることにした。昔からあるような乳白で薄手の磨り硝子にしたいとお話したところ、最近はそういう硝子は需要がないので硝子店が置いていないのだという。

そう言われてみると、不透明な硝子はあるけれどサッシ戸にはまっているものは、型模様の入ったものがほとんど。
「よくある昔ながらの磨り硝子」と思っていたのは私だけで、いつの間にか「最近ほとんど見ない昔の硝子」になっていた。

時々、古い街の骨董市に行く。
駅からの道を歩いていると昭和初期頃までの建物が残存していて、窓には表面が水面のように揺れている昔の硝子が入っている。
なんてきれいなのだろうと足を止めることがあるほど、古い板硝子は美しい。
それよりはまだ最近まで見かけていた乳白の磨り硝子が、もうほとんど使われていないというのでとてもびっくりしてしまった。

結局、ドアは、知り合いに古いものを譲ってもらって、磨り硝子に取り替えることが出来た。
光の通し方がやわらかで、優しい印象を受ける。
こういう硝子が姿を消していっているのは、本当に残念に思う。

vol.9 『Feeding bottle』

硝子の瓶は用途によって、文字や目盛が書かれていたり彫られていたりする。
プレス硝子で病院の名前の入った水薬の瓶はよく見かけるし、写真の現像液の配合のためそれぞれの溶液の分量を表す線が刻まれたものも時々目にする。

先日、手に取ったほっそりした硝子瓶には目盛の線と漢字で月が書かれていて、何のために書かれているのだろうと首を傾げた。

六月、七月、八月、九月…

しばらく見つめて、ろくがつ、なながつ、はちがつ、と読むのではないことに気がついた。これは赤ちゃんの哺乳瓶として作られたもので、赤ちゃんの生まれてからの月数によって粉ミルクのお湯の量を計る目安が書かれているのだ。

むつき、ななつき、やつき…

薄手の華奢な吹き硝子で、とてもきれいだった。

そういえば、アラン・パーカー監督の「アンジェラの灰」という映画は、1930年代のアイルランドを舞台にしていて、その中で母親が赤ちゃんにミルクをあげているシーンがある。吸い飲み(病人に水を飲ませるもの)のような形の小さな哺乳瓶は、硝子ではなく陶器だったように記憶しているけれど、日本ではああいうものは見かけない。

月と目盛の書かれた瓶は何に使われていたのか分からないほうが想像力が働いておもしろかったかもしれないけれど、また別のストーリーを連想したりする。

vol.8 『Hat』

今朝、骨董市を歩いていたら、古びた箱が目に入った。
縦横40センチくらいの高さのある四角い箱で、しっかりした造り。色褪せた紙の質感がとてもきれいだった。

「これはなんですか?」
「これ?帽子」
と売り主が言うので、開けてみてもいいですか?と訊ねた。

中には薄紙に包まれた黒い紳士帽らしきものが入っている。
「送り先がね、書いてあるでしょう?」
箱には、イギリスのロンドンの帽子店が東京のひとへ送った宛がきが書かれている。
帽子が箱入りで骨董市に出てくることは時々あるけれど、箱の空気感が全く違っていて、とても美しい。

100年近くは経っているのかな…。
その頃、ロンドンから帽子を取り寄せるなんてどんな人だったのだろう。
そしてその時代のロンドンの帽子店の様子は、どういう感じだったのだろう。
昔、鴎外が娘の洋服をヨーロッパに手紙で注文していた話を随筆で読んだことがあったけれど、これもそんな風に取り寄せられたものかもしれない。

箱のふたをそっと戻して、古いものを見るのはおもしろいな、と今まで何度も感じたことを、また改めて思った。

vol.7 『Memoir』

便利なことはいいことだと思う。

最近、興味がある物事は、パソコンを開いて検索すれば、写真や他のひとの意見がでてきて、こういう感じとすぐわかる。
便利でとても助かる。
助かるけれど、でも、それがちょっと苦手でもある。

もう14年くらい前のこと。
ちいさな路地に雰囲気のある2階建ての日本家屋を見つけた。
なんだろう?と、思った。
最初は小料理屋のように見えた。3回くらい前を通り過ぎて、観察してみた。

茶房。…喫茶店?

少し緊張しながら入ると、かすかにラジオが流れていた。AMラジオのようだったけれど、もう随分以前のことなので記憶違いもあるかもしれない。
窓には簾がかかっていて薄暗く、ろうそくが灯り、静かな空気が流れていた。
カフェオレをお願いすると、小豆の入った四角いミルクゼリーがついてきて、それは紫陽花の葉の上にのっていた。

それから時々、古本屋を回った後にその店に立ち寄った。そこにある空気がすきだった。頼むのはいつもカフェオレで、ついてくる甘いものはその時々で違う時もあった。
通うというほど頻繁ではなく、年に数回。
それでもその駅に降りると、いつもその店のことが心に浮かんだ。

西荻窪に移ってきて、店のことや自分の身の回りのことで手一杯だった。
ひさしぶりにその店を訪ねると、そこにもうその店はなく、びっくりした。
店を閉めてしまったのかと哀しい気持ちになった。
道で人に話しかけるなんて滅多にしないのに、通りかかった近所の人らしきおばあさんに訊いてみると、『移転しちゃったのよ。ここね、取り壊されるんですって』と、移転先の駅の名前を教えてくれたので、ほっとした。

パソコンを開けば、場所はすぐわかるだろうな、と思いつつ、そこからあふれてくる情報を思うと、その店との出会いや過ごした時間の流れとちがう、という違和感があって、なんとなくそのままになった。

それから少し経ち、recitが取材を受けた雑誌が送られてきた。その中にあの店も紹介されていて、移転先の住所や地図が載っていた。最初にあの場所でお茶を飲んだのは大学を出た年で、この先店をやるなんて想像もしなかったのに、と思いながら地図を眺めた。

気がついたらもう何年も行っていないけれど、変わらない空気が流れているのかな。

時間が出来たら訪ねていって、ぼんやりお茶を飲みたいと考えている。

vol.6 『shoes』

ウィーンで買った靴は、随分長いこと履いたので、革が擦り切れてきて多分もう履くことはない。やわらかい茶色の革の短かめの編み上げ靴で、軽くて履きやすかったから、修理に出そうと思い、一度見てもらったが、難しいと言われた。
それでも多くはない靴の端に今でも並んでいて、処分する気持ちにはなれない。
捨てることが出来ないのは、長く履いた靴の、表情のあるくたびれた感じが眺めるだけでもすきなことと、旅の途中に買ったので思い出があるからだ。

両親と一緒に過ごした高校生までの時間より別に暮らしている時間の方が少し長くなった。母とは電話でよくおしゃべりするが、父とは年に2〜3回、互いの誕生日と父の日くらいしか話すことはない。
父は外で仕事をし、家事は全部母がする、という家に育った。そのため、子供の頃から身の回りのことを父にしてもらったという記憶がない。父の目はいつも仕事に向いていて、忙しくしていた。
そんな父が時々靴磨きだけはしてくれる。
父自身がスーツを着る時の靴がきれいに磨かれていないと気になる人だったし、道具や物はきちんとメンテナンスして長く大事に使っていたように思う。家事万能の母はなぜか靴だけはあまり磨かない。

15年くらい前にヨーロッパを二ヶ月程一人で旅したことがある。
出発前、母に、万一、なにかあるといけない。コレクトコールでいいから週に一度は電話をかけてほしい、と言われた。もし私が殺されてどこかに捨てられてしまって、『親は心配じゃなかったのか?』と日本中から非難されるのはいやだ、と言う(その頃実際にそういう事件があった)。

最初はパリ、それからイタリア、スイス、ドイツ、チェコ、ハンガリーと数日ごとに次の国に入り、国によって違う電話のかけ方に、私は次第にめんどうになった。旅の後半、「危ないことはなにもないし、電話をするのがとってもめんどう」と母に言うと「あら、心配しているのに。お父さんはね、今朝もテレビで『世界の天気予報』をやっていたら、ヨーロッパのお天気を見ていたのよ」と言われた。
朝、新聞を片手に、私が歩いているところの天気を見ている父の姿が思い浮かんだ。しゅんとした気持ちになって、その後も家に電話を数回かけた。

旅から帰った後、しばらく自宅に帰省した。
その時のことはなにも覚えていないのに、父がこの靴を磨いてくれたことだけが、今も心に残っている。東京を出発した時に履いて行ったスニーカーはぼろぼろになってしまい、ウィーンで買った革靴だった。どんな話をしたのか全く覚えていないけれど、靴を磨きながら『いい靴だね』と言った父の様子だけ、思い出すことがある。

vol.5 『refrigerator and pot』

昨日、帰り際に作って冷やしておいたアイスティーが冷蔵庫の中で氷っていた。スプーンで表面の氷をぱりぱり割りながら、この冷蔵庫もとっくに寿命なのだけどな、と思う。

recitで今使っている冷蔵庫は15年くらい前に家の近所の電器店で買ったもので、その時点ですでに廃盤になった古いタイプだった。長方形のごくシンプルな形で引き手などついていない。ただ白くて四角い。丸みがなく直線的で角もかっちりしているところがいい。ふつうなのだけど、こういうふつうの冷蔵庫があまり最近売られていない。
使っているうちにどんなに冷却を弱めに設定しても冷蔵庫の中が冷え過ぎて、奥の方に氷がつくようになってしまった。野菜などが氷ると悲しいので新しいものを自宅に買った。氷ったレタスは半透明のエメラルドグリーンになって、それを丸ごとゴミ箱に捨てるのは結構心が痛む。それでも、この古いほうも処分出来ず、今も店の奥で使っている。

時々、古道具の仕入れ中に、もっと古い電化製品が出てくることがある。扇風機やトースター、ジューサーやアイロン。売り主に『これって、使えますか?』と聞くと、『たぶん…』と自信なさそうに言われる。でも、古いものは構造が単純で使えることの方が多い。すべてではないけれど、フォルムや入っている文字の形がすっきりしていてとてもきれいなデザインのものがある。

先日の仕入れ中、電気ポットを買った。アルミのポットにコードがついていてしゅんしゅん湯が沸くもので保温も出来ないし、お湯を沸かすだけ。電気の『入/切』のスイッチすらなくお湯が沸いたらコードを抜かないと吹き上がってぼこぼこする。わりとよく見るから広く使われていたらしい。沸いたお湯は魔法瓶にいれて保温していたのだろう。魔法瓶型のポットも古道具の中には出てくる。
すると、今の一般によく使われている『お湯を沸かす』と『保温する』というふたつの機能を兼ねた電気ポットへ移っていった経緯が思い浮かんでくる。ずっと、電気ポットはお湯を沸かすものと思ってきたら、あれは保温するものでもあった。古い道具を見ていると、そこにいる人の生活や考えが見える時があって、それはちょっとおもしろい。

今回買った電気ポットは3つ目。型式によってサイズやデザイン、色が幾つものタイプがあって、ふと買ってしまう。ふつうの人より持ち物は少ないけれど、なぜかこういうものは増えていく。

vol.4 『Post card』

『おじいちゃんがみほちゃんに書いた絵はがきが見つかったのだけど…』
と、昨年妹が報せてきた。
30年以上前に、祖父が海外からその頃2歳だった私に宛て書いた絵はがきだという。
受け取った記憶もその後に読んだ記憶もないのでそういう物が残っていたことにびっくりしてしまった。祖父が亡くなって20年以上経つ。

おりこうしていますか?あみでえびをとる絵はがきです。

絵はがきの絵柄を説明する文章が書かれた短いもので、投函されたのはハワイ。
絵はがきの写真は南の島の風景で海辺で網を引く人々。中央に一人だけちいさな女の子がこちらを向いて立っている。
ちょうど2〜3歳くらい。黒い髪のその子を見て祖父は私に似ていると思ったのかもしれない。
祖父の記憶はいつも植物の世話をしていた姿で、無口なひとだったせいか話をした記憶があまりない。
でもこの手紙から気持ちの細やかなずいぶんやさしい人であったことが感じられる。
2歳といえばとても小さいし、手紙を書いてもよく分からないだろうと考えそうに思う。家族宛のものとは別に私宛、2つ上の兄宛に送られてきているという。
母はおそらく幼い私をとなりに座らせて絵はがきを見せながらその短い手紙を読んだだろう。祖父がその絵葉書を選んでいる様子やホテルの机に向って手紙を書く姿まで見えるような気がする。

おりこうしていますか?

長い時間が過ぎても、その問いかけはやさしく私の心に伝わってくる。

vol.3 『Tile』

 それに陽は、さらさらと

 さらさらと射しているのでありました。

 今日は陽射しが暖かですきな詩の中のように、陽はさらさら。

 今年もじきに桜が咲く。桜の花を見るのは朝はやくがいいと思っている。

ここ数年は、早起きをして夜明けの時間に見にゆく。
九段下の駅から田安門のあたりを見て、千鳥が淵を通って英国大使館まで行くのがいつもの道筋。皇居の桜は、堀の向こう、自分の歩いている左右、幾重にも幾重にも咲く。堀の水面には散った花びらが浮かび、手漕ぎボートはその時間まだ出ていない。
早朝の静かな空気に包まれている。
白い花のトンネルを行けども行けどもたったひとり。あまりに美しく幻想的で、こんなに誰にも会わないなんておかしい、と少し不思議な気持ちになることもある。
夜明けの桜は平日の週前半で月曜日以外(週末のお花見のごみを朝片付けるので山積みになっていたことがあるから)、人の少なさそうな日を選んで出かけること。

冬の終わりに樹木に咲く白い花がすきだ。
梅、白木蓮、桜、こぶし、花水木…。
数年前に買ったオランダのタイルを数枚、皿として使っている。見るたびに白い花を思い出す。古い焼物には、どこか植物を思わせる様子になっていくものがある。
草のような、樹皮のような、木の葉のような、色合いと質感、空気感。
その感じにとても弱い。

vol.2 『match』

冬のrecitは灯油ストーヴの匂い。

先日入っていらした方が『あ!いいにおい。すきな匂い。これなんでしたっけ?石油ストーヴでしたっけ?』とおっしゃった。
灯油ストーヴという道具も消えつつあって灯油の燃える匂いというのも少しずつ珍しくなっているのかなと思う。

ところで店をやっていておもしろいのは、あのドアを開けて誰が入ってくるか分からないということ。
昨年、ある雑誌のバックナンバーを読んだ。
服のデザイナーの方が、ポケットを普通と違う位置につけるとそこにまた新しい動作が生まれる、とお話されていた。
その頃私は、昔から使われていた道具が消えてしまうとそれに伴う動作も消えてしまう、というようなことを考えていたので、この人にお会いしてみたいなと思った。
それで周りのひと2〜3人に、こういう理由で○○さんに会いたいです、と話していたら、しばらくして本当にその方が入っていらした。それも偶然通りかかられたということなのでびっくりしてしまった。

その時に消えてしまう道具として思い浮かべていたのが『マッチ』。
私は子供の頃、間違って車の中でマッチに火をつけてしまい、ほうリ出すわけにもいかずとても怖かった記憶がある。
それ以来マッチが苦手で、ずっとプラスチックの着火装置で火をつけていた。
それが少し前からマッチを使うようになった。

マッチを扱う指先の動き、マッチをこする感覚、マッチ棒の先に火が付く音、硫黄の匂い…ひとつの道具には色々なものが伴っている。マッチを吹き消すと独特の匂いがする。それも他にはない匂い。
今でもふつうにマッチ使いますよ、というひともいるのだろうな。いてほしいな、と思う。

ふと気がつくと、目に見えるもの見えないものいろいろ消えていっている。

vol.1 『stove』

1月。この冬一日中ストーヴを燃やしている日は数えるほどだったのに、ここ数日はとても寒い。recitのエアーコンディショナーは古い業務用。クーラーとヒーターの両方の機能を兼ね揃えているのが今では普通だけれど少し前はそんなことはなかったらしく、クーラーだけの機能。

それで冬は、ストーヴだけで暖めている。
アラジンのブルーフレーム15型という古いタイプで、色はアイボリー、窓がふたつ。最初の冬は随分すすが出るので困ってしまった。黒い灰のようなものが舞い、白い皿などに付着するので、ストーヴを点けてしばらくするとそういったものを布巾で拭いていく。そんな面倒なことを繰り返して、二冬目の半ばにようやくほとんどすすは出なくなった。三年目からは全く大丈夫。灯油が古くなりよくない状態でタンクの中に残っていたようで、古いものはそういうこともあり手がかかる。手はかかるけれどすきだから、しかたないので手をかける。

ストーヴといえば昔からすきなお話がある。童話作家・安房直子さんの書いた『火影の夢』という物語。ある骨董商のおじいさんが、預かったストーヴに海草と海の砂を半々に混ぜ燃料にして火をつけると、炎の中にちいさな娘さんが現れておいしい魚のスープを作ってくれるという話。8ミリフィルムがカタカタ回っているような幻想的なお話なのだけれど、最初に読んだ時は自分がその後、古い物を扱う仕事をするなんて考えもしなかった。

recit(レシ)
東京都杉並区西荻北 5-26-17 Tel:03-3397-6136
営業時間:11:30 〜 19:30 火曜定休