多彩な白をつくりだす
角田淳さんの白磁器

角田淳さんの磁器は、繊細な手仕事の跡が残りながらも
陶器のような力強さももっています。
そして色は、一言でいうと白だけれど、じつに表情ゆたかな白。
シャープなのにかわいらしい白磁たちなのです。

角田淳さんインタビュー

陶芸の地、常滑に居を構えて作陶している角田淳さん。
住まいである母屋、作業場として使っている納屋2棟が、
畑を囲むようにして建っています。
そのなかで走りまわって遊ぶ、長男の凛太朗くんと猫のテツロウ。
そんな彼らを見守りながら、日々の暮らしや制作について
お話していただきました。
おいとまするとき、庭の木からもいで「おみやげ」と
手渡してくれた、ライムのおいしかったこと…!

──お子さんを育てながら制作もする、いまの生活ぶりを教えてください。

保育園には4時15分に迎えにいくんだけど、凛太朗がいつも最後。夕飯の6時ぐらいまではけっこう慌ただしいですよ。凛太朗は帰ってくると、仕事場で旦那(陶芸家の松原竜馬さん)の邪魔をしながら遊んで、畑でも遊んで、それからごはんを食べます。私は9時過ぎぐらいに子どもと一緒に寝ます。凛太朗がもっと小さかったころは、この子が寝てからも仕事してたんですよね。でも、体調崩すし、いらいらするし。私にとっては、よく寝ることが、よく仕事できることなのかなと思って。
だからいま、仕事は保育園のお迎えに行くまでで終わり。もうちょっと欲張って仕事しようかなってずっと思ってたんだけど、子どもが遊んでいるのにきりきりしたりするのも嫌だし、それぐらいのリズムが仕事するにも余裕があっていいみたい。

家の敷地内ですべてが済むっていうのが、私の理想。だから、家を探すにあたってはそこがポイントでした。最近は私がろくろをひいていると、凛太朗が「ちょっとどいて、僕がやってあげるから」って言うんだけど、それだけはやめて!って(笑)。そういう集中する作業は、この子がいたらできないんですよね。型を打つとか、仕上げをするとかなら、凛太朗がそばで遊んでいてもできるんだけど。 旦那と私がそれぞれすごい忙しいときは凛太朗に、お父さんのとこ行っておいで、お母さんのとこ行っておいでってお互いで言ってます(笑)。

旦那と私、それぞれの仕事場があって、それぞれで作業しています。たまに手伝ってもらうことはあるけど、窯詰めとかも全然別だし、一緒にやることはほとんどないですね。
私は小物をつくるのがけっこう向いているみたいで、旦那は王道たる器っていうのをつくってくれるので、そういうのはけっこうまかせています。展示会はふたりでやることが多いんですけど、私が醤油さしやポットを、旦那がお皿やどんぶりや飯椀をつくります。磁器でやりやすい仕事、粉引でやりやすい仕事っていうのもありますしね。

──醤油さしや味噌つぼなど、生活のなかであったらいいと思う、
痒いところに手が届くようなものをつくっていらっしゃいますね。

焼き物を始めたころは、自分が使いたいものというよりも、きれいなフォルムや自分の好きなかたちにこだわっていました。もちろんその部分はいまでもあるんですけど、子どもが生まれてからそのバランスが少し変わりましたね。
夫婦ふたりだけのときだって家事はやっていたんですけど、子どもができるとやっぱり食事のこととか、より気にするようになるじゃないですか。器はそれに密接に関わってくる。毎日使うものだし。それで、お客さんには悪いのかもしれないんですけど、自分の家で自分が使いたいものをつくりたいという思いが強くなってきたかな。うちの食卓でこれが足りないなとか、子どもが使いやすい小さいお茶碗が欲しいとか。主婦の人に、それが欲しかった!とか言ってもらうと、そうでしょー!!??って(笑)。実用に根ざしてるもので、生活のなかで使っていて味気ないなと思うようなものを、私たちの手でそうじゃないようなかたちにできたらいいなって思います。

味噌つぼは、お味噌をタッパーに入れるのはちょっと悔しいと思って、つくってみたんです。私が面倒くさがりなのかもしれないけど、味噌をつまんだだけの箸を洗わなくちゃいけないのが嫌なんですよ。それで、へらを付属させました。つぼのなかに入れっぱなしにしておくのに、磁器だったらしみないし、悪くなるものじゃないから。
ピッチャーもそう。夏に麦茶を入れておくピッチャーって、ガラスの容器にプラスチックの蓋がついてるようなのが多いでしょ? あれが嫌で。陶器だから少し重いんですけど、うちでは麦茶を入れて、そのまま冷蔵庫にしまってるんですよ。

いま考えてるのは、卓上しょうがおろし器。ちょっといい感じのが欲しいなと思って。小鹿田焼でかわいいおろし器を発見して、これは私もつくらねば!と。卓上ですりおろせて、すりおろしたものを外側に寄せて醤油がジャーってかけられるような、おろし器。磁器製のものでいいのをあまり見たことがなくて。小鹿田焼の窯元ってすごいすてきなところにあるんですよ。きれいな川が流れてて、水車で土を粉にするんですね。もうほんと里山の奥って感じで、雰囲気もすごく好きで、私の実家は九州なので、帰ったらいつも行くんですけどね。

──子どもが使う器については、どういうふうに考えていらっしゃいますか?

子どもに必要な器って、小さいうちはカップと飯椀が主体で、それ以外は親が使っているもので代用できるかなと思っていて。だから、子ども用の器セットみたいなものはあんまり考えていないんです。 飯椀は持たせてあげたい。凛太朗用のものがあったほうがいいかなって思います。この子は小さいころから陶器を使ってるから、あんまり割らないんですよね。赤ちゃんのときにお皿を投げてパーンッて割ったことはあるけれど、そのぐらいで。どっちかといったら、テツロウのほう(笑)! 食器棚に跳び乗ったり、すごいところからジャンプしてでっかいお皿割ったり! だから、仕事場には絶対入れられない。

──全国で個展をされていますが、いつも松原さんと一緒に行かれているんですか?

よっぽどのことがないかぎり、ついていきますね。多いときでひと月に2回、展示があるから、通算すると2ヵ月に一度は出かけてるかな。自分の作品が会場に並んでいるのを見たり、客さんと直接お会いしてお話できたりすることで、あらためて思うところがありつつ、会場から出れば、もう休暇みたいになっちゃう。家族みんなで観光したり、ショッピングセンターに行ったり。そんな何気ないこともふだんはなかなかできないから、展示会のおかげでそんなふうに過ごせるのも、すごく楽しみにしているんです。

──敷地内に、角田さんの作業場、松原さんの作業場、窯、
そして住居がそろっていますが、この一角はもともとセットだったんですか?

そうなんです! いい物件あるわよ!って、隣のおばちゃんが見つけてきたんですよ(笑)。ほんとにここから1分ぐらいの、すぐ近所に住んでたんですけど、仕事場を広くしたいから引っ越したいっていう話をしたら、うちの隣が空いてるわよ、みたいな感じで。ここは車が入らないので駐車場は別に借りてるんですけど、それも、近所のおばちゃんが口を訊いてくれて。激安なんですよ。貸してくれるときにオーナーのおじちゃんが、あんたたちもタダじゃ気が引けるだろう、5,000円もらおうって言うから、1ヵ月なのかと思ったら、1年間で5,000円だったの(笑)。

うち、近所がめっちゃ仲良くって。出かけるときはいつも隣のおばちゃんに鍵を預けてるんです。テツロウのごはんや水をあげたり、トイレ替えたり、世話もしてくれます。あっちにもひとり暮らしのおばあちゃんがいて、裏にはおじいちゃんとおばあちゃんの夫婦が住んでて。私たちがいちばん若手。おばちゃんたちは凛太朗にいつもお菓子を用意してくれてるし、みんな自分ちの庭で育ててる野菜をくれる。大家のおじちゃんは船を持ってて、1〜2週に一度は釣った魚を差し入れしてくれる。だから、野菜や魚はほとんど買わなくていいんです。いいでしょ?

数日に1回は必ずなんかもらうから、なんか申し訳ないみたいで。凛太朗は、魚のおじちゃん、みかんのおばちゃん、ビスケットのおばちゃんって呼んでるんだけど(笑)、ものはもらうものって思っちゃってるところがあって。洋服もお下がりをいっぱいもらうものだから、私が新しい服を買ってきても、誰にもらったの?ってまず訊いてくるんです(笑)。

私は常滑に住んでちょうど10年ぐらいになるんですよ。旦那も私も実家が九州なので、凛太朗が小学校に上がるまでには九州に引っ越したいねっていう話をしているんですけどね。旦那が大分で、私は熊本で、ふたりとも、すごい田舎育ちなんですよね。私たちに、じいちゃん、ばあちゃんのいる田舎があるように、凛太朗にも田舎をもたせてあげたいんです。小さいときに住んでいないと、田舎っていう意識ができないかなと思って。私なんかも保育園、小学校、中学校をとおしてずっと同級生って子が多いから、ほんとに田舎だったんですけど、そういう環境が、私たちは好きかなって。

(2011年 冬)

角田淳(つのだ・じゅん)
1975年 熊本県生まれ
1999年 有田窯業大学絵付科卒業
2001年 常滑に築窯