横尾 香央留/糸のゆくえ

華順

相変わらずロバの歩みですが、着実に一歩一歩進んでいる横尾香央留とフィンランドの編み手による、編み物を介したダイアローグ。少しずつ大きくなっていくニットがフィンランドから横尾さんの手に戻ってきました。紙や木工、染めの方とさまざまな方に話を聞いてきましたが、まだお話を聞いていないのは……、革があった! 今回は、東京ですべて手作りで革小物を作られる華順さんのアトリエを訪ねました。横尾さんと華順さんは、かなり長い付き合いだそうですが、きちんとものづくりについて話をするのは初めてのことだそう。

東京郊外。華順さんのアトリエはひっそりとした住宅街の一角にありました。アトリエ兼自宅にお邪魔すると、使い込まれた大きな机とミシン、そして整然と革が並べられています。デザインから裁断、縫製まですべての工程を一人でこのアトリエで行うという華順さん。自分のペースで進めていくことが大事なようです。

横尾香央留 華順さんのお直しをしたのは、だいぶ前のことでしたよね?

華順 うーん。お願いしたのはけっこう前だったような(笑)。昔から着ていた刺繍のあるカーディガンをお願いして。虫喰いじゃないんだけどちょっとシミがあって、それがかわいくバージョンアップしました。

横尾 初めてお会いしたのは、フェブ(編註:吉祥寺にあるギャラリー・フェブ)だったと思います。その後、展覧会で作品を見たり、ライブでばったり会ったりしました。でも、華順さんのものづくりについてお話をするのは初めてですね。もともと革がお好きだったのですか?

華順 いろいろと遠回りをしていまして。プロダクトデザインに興味があって学校で勉強したり、デザイン事務所で仕事もしていたんですが、まったく手を動かさないでパソコンの中で完結してしまうことがすごいストレスになってしまって。やっぱり手を動かしたいなと思った時に、革がいいなと思ったんです。その後、革の勉強をすることになりました。

横尾 それは、学校とかに行ったんですか?

華順 学校ではなくて、革のオーダーメイドのアトリエに職人として5年間くらい勤めて、その後独立したという感じです。

横尾 その工房では、どんなものを作っていたんですか?

華順 最初はブックカバー、次にお財布っていう感じでステップアップしていって、最終的にはドクターバッグとか、パソコンケースとか複雑なかたちのものをいろいろ作りました。その工房で、ミシンの踏み方から何から何まで全部教えてもらいました。

横尾 裁断から縫うのからデザインまで全部やっていたんですか?

華順 そうですね。工房のオーナーがお客さんと対面で話をして、ラフなデザインをあげて、その後型紙を作って細かい構造とか考えつつ、革を広げてパーツ取りをして、ミシンで縫って仕上げる。最後まで一人でやっていました。すごく厳しくて大変だったけど、勉強にはなりましたね。

横尾 同じ工房には何人くらいの職人さんがいたんですか?

華順 5〜6人かな、でも1年くらいでひと通り仕事を覚えると辞めていっちゃう人が多かったです。厳しい職場だったので、みんな大変だとか仕事が辛いと言っていたんですが、私はその前までのストレスがあったので、自分で手を動かして作れることが楽しいと思ってました。さっき雑談をしていた時に香央留ちゃんが、自分がこうしたいっていうよりも目の前の作業を淡々とやりたいっていう話をしていた時に、すごく共感できるなと思いました。自分の作品をどうだ! というよりは、派手さはないけれども使いやすくていいものを作りたい、と思っていて。

横尾 チクテカフェ(編註:下北沢にあったカフェ、現在閉店)で売っていた財布を見るたんびに、いいなあと思っていたんですが、それを作っているのが華順さんだっていうことを当時知らなくて。知り合いも何人か使っていて、いいなあいつか欲しいなあと思っているうちに店がなくなっちゃって、後に華順さんの財布だったっていうことがわかって、お願いをして財布と名刺入れを作ってもらったんですよね。華順さんの作るものみたいな最小限のデザインのものって、なかなか売ってないんです。財布などを作られる際に、デザイン画って描かれるんですか?

華順 ううん、わりとそのまま作っちゃうというか。本当に簡単なラフは描くけど、すぐに紙とかを使ってそのものの形を作ってしまいます。実際に縫って様子をみてだいたいの当たりをつけたら、試作用の革で作って、実際に使ってみて、微妙にカーブを直したりポケットの深さを変えたりして、それで本番用の革で作っていきます。

横尾 チクテで売っていた財布もそうなんですが、ロゴマークとかネームタグみたいなものが全然ついていなかった気がして。だから、実際に使っていても、それを作った人が華順さんだって知らない人が多いような気がします。

華順 そうなんですよね。革そのものにはサインはあまり入れたくなくて。でも、私が作ったって知らないで使ってくれているのも嬉しいというか。あとから私が作ってるっていうのを知った方で、初老のおじいちゃんが作っているんだと思っていましたとか言われたこともありましたが、そのときは嬉しかったです。

横尾 すごくわかります(笑)。華順さんが使っている革は、どこからやってくるものが多いんですか?

華順 仕入れは浅草なんですけど、そこの会社は主にヨーロッパのイタリアの革を輸入していて、だからイタリアの牛の革が多いですね。香央留ちゃんが使っている財布もイタリアの牛革です。工場によって風合いが全然違うので、革探しは苦労しますがそのぶん楽しいですね。

横尾 財布とか小物のイメージがあるんですが、バッグとかそういう大きなものも作られることはあるんですか?

華順 雑誌が入るトートバッグやショルダーバッグも作ります。中に低反発材をいれた革のクッションを作ってみたりすることも。自分が欲しいなと思うものはまず作ってみます。

横尾 バッグは見た目よりも軽いですね。キレイな色。布帛も縫うんですか?

華順 布はあんまり得意じゃなくて、布を縫うときは緊張するんですよ。

横尾 布が苦手なのは何故ですか?

華順 広げると繊維が出るし、切った後に始末をしなきゃいけないから手間が多いですよね。革の場合は切ったらその部分を磨けばいいんですが。あとは、くたくたしているから縫いづらいし、扱いづらいなと思います。

横尾 切ったまんまっていうのは確かに楽ですよね。私も端っこの処理が嫌でニットにしたので、同じですね。革のクッションってなかなかないので、すごくいいなと思います。これも使いたいなと思って作られたんですか?

華順 そうそう。木の椅子に置くと長時間座っていても疲れないし、こういうの欲しいなと思って。端革で作ったコースターもあります。

横尾 可愛いですね。はぎ合わせているんですか? いいですねえ。一個一個の色がいいから、どういう組み合わせでも合いそう。華順さんは、バッグも財布も全部この部屋で作ってるんですか?

華順 そうですね。

横尾 革って固いし裁断するにもミシンをかけるにも結構体力がいる気がするんですが、華順さんはずーっと前からヨガをやっていて。ヨガとものづくりって関係することはあります?

華順 ヨガにどっぷりはまっていた時期もありましたが、今は身体によいこと全般に興味があります。身体が凝り固まると気持ちも塞いでしまうので、身体をほぐすことで心の風通しも良くしていたいですね。作業中もこまめに首や肩をまわしたり、腰をねじったりしています。

横尾 まったく革に触らない日はありますか?

華順 ……ないかな。リフレッシュがすごく下手で。常に革が気になっちゃう。街中に行っても、素敵な鞄を持っている人がいるとつい目で追ってしまいます。どういう構造なんだろうって考えてしまいます。香央留ちゃんはある?

横尾 ありますよ。全然、何にもしないです(笑)。モードがあって、やらないときは全然やらないけど、ヤバい時には徹夜するっていう。

華順 徹夜できるんだ!すごい。

横尾 2徹、3徹とかくらいまでなら。気分が乗らない時の儀式じゃないですが、音楽とか匂いとかありますか?

華順 あまりにも乗らない時は映画を観に行っちゃいます。家が職場なのでなかなかくつろげなくて。2時間ほど別世界に浸るとリフレッシュして戻ってこられます。

横尾 仕事と余暇をきっぱり分けてるんですね。

華順 そうですね。

横尾 華順さんの作品って、基本的に展示販売の時にしか買えない感じですか?

華順 いくつかのお店で常設してもらったり、個展やグループ展で販売しています。今年は初の海外、北京でも展示をし刺激をもらいました。

華順

かじゅん/大学では美術史を学び、卒業後は働きながらデザイン学校の夜間部に通う。卒業後、プロダクトデザイン事務所に勤務し、その後、オーダーメイドの革鞄店で修行を積み、独立。モノづくりに対する真摯な取り組みは多くのファンから支持されている。

横尾香央留

1979年東京生まれ。
ファッションブランドのアトリエにて
手作業を担当した後、2005年独立。
刺繍やかぎ針編みなどの緻密な
手作業によるお直しを中心に活動。

主な著書
『お直し とか』(マガジンハウス)
『変体』(between the books)
『お直し とか カルストゥラ』(青幻舎)
『プレゼント』(イースト・プレス)

主な個展
「お直しとか」(2011/FOIL gallery)
「変体」(2012/The Cave)

主なグループ展
「拡張するファッション」
(2014/水戸芸術館、丸亀市猪熊弦一郎現代美術館)

編集・文/上條桂子 写真/高橋マナミ