紙漉思考室 前田崇治
ゆっくりとしたペースですみません。横尾香央留とフィンランドの編み手による、編み物を介したダイアローグ、まだ終わっていませんので、ゆるりとお付き合いくださいませ。フィンランドからニットパーツがやっと届いて、次は横尾さんの番です。横尾さんが手がけるパートは、さまざまな作り手との対話の中で生まれていきます。今回は、佐賀県の唐津・七山で紙漉きをしている紙漉思考室(かみすきしこうしつ)の前田崇治さんのアトリエを訪ねました。
●
博多から車で約1時間ほど。佐賀県は唐津の山の中に、紙漉思考室の前田崇治さんのアトリエはありました。二人が会うのは初めてでしたが、横尾さんはCOSMIC WONDERの「かみのひかりのあわ 紙衣」展で、前田さんが漉く紙衣を見ていたこともあり、話は進んでいきました。
横尾香央留 COSMIC WONDERの展覧会見ました。一見すると革のように見える質感で、着たらすごく気持ちよさそうな感じがしました。あれはどんな材料を使っているんですか?
前田崇治 ありがとうございます。あれは紙が発明された頃に漉かれていた原料の大麻と京都・京丹波の植物を混ぜ込んで用いています。枚数がとても少ない発注だったので、荒々しい紙でよければといったらその方がいいとデザイナーの前田征紀さんから言われて実現しました。
横尾 素材によってあがってくる風合いが違うから面白いですよね。前田さんは、いつ頃から紙漉きを始めたのですか?
前田 僕が中学校くらいの時から、親父が紙漉きをやっていたんですね。でも、僕は一度もやったことがありませんでした。高校の時は写真部だったんですが、入った動機は不純で、近くの女子高の子たちと一緒に写真を撮りに行けるからという理由。大学でも写真をやっていましたが、当時はデジタルとネガの狭間でどっちつかずな感じもあり写真の道には進まず。いざ、就職するという時に、一度紙漉きをやらせてもらおうと、試してみたら失敗し、その後ハマってしまいました。本格的に勉強をしたのは、土佐和紙の工房に行ってからですね。
横尾 紙漉きの工程について教えてください。
前田 毎年1月頃に行うのは「楮刈り・楮蒸し」という作業です。楮の木を刈り取って蒸し、皮を剥いで乾燥させます。次に「楮へぐり」。皮を水に浸して柔らかくして、上皮(黒皮、甘皮)を削り白皮(白い部分)に分けます。大釜に湯を沸かし、アルカリ成分(ソーダ灰、石灰、木灰など)を加えて3時間ほど煮て、キレイな水で一日晒してあく抜きをします。この時、白い紙を作りたい場合は、日光に当てます。
横尾 寒い時期に水を使う作業が多いんですね。
前田 そうなんです。この後も大変なんですが(笑)。やっと軟らかくなった繊維の原料を1本1本確認しながら傷やチリを取り除く作業をします。これも、原料を水に浸しながら行うので寒いですね。その原料を打解機でゆっくりと叩きさらにナギナタビーターで原料を細かく解していきます。これでようやく繊維の出来上がりです。
横尾 その後、紙漉きの作業に入るのですね。
前田 はい、原料に水とトロロアオイを加えて撹拌し、紙漉きを行います。簾桁(すけた)を上下左右に動かして均一にしながら紙を一枚一枚漉き重ね、一晩寝かせた後に圧搾、最後に乾燥させて、手を使ってチェックし一枚の紙ができあがります。
横尾 途方もない作業ですね。この、ふかふかした感じが和紙っぽいのでしょうか。
前田 いろいろありますね。漉いた後にプレスをかけて、つるつるに仕上げることもありますが、あまり強くかけてしまうと風合いがなくなってしまう。また、もちろんゴミをキレイにとって真っ白くチリひとつない紙というのもありますが、あんまりにキレイ過ぎると、手漉きっぽい感じに見えないのでしょうか。チリを少し入れて欲しいと言われることもあります。
横尾 手仕事風っていうのも面白い考え方です。私も、自慢ではありませんが、学生時代は機械のように編めてしまっていました。でも、そうすると手編みの意味がないって言われたことがあって。手編みに見えるように編むというのも……。機械編みの場合もわざとテンションを変えて手編み風に仕上げるということを聞いたこともあります。
前田 わかります。機械で紙を漉く場合、手漉き風に見せるために、乾燥段階でわざと刷毛跡をつけることもありますよ。一般の方には、刷毛跡があれば手漉きっぽいねって言われますが、本当はそんなことないんです。活版印刷の場合もそうですよね、印刷屋のおじさんから言わせると、裏にぽこっと跡が出てしまったら完全にアウト。風合いを出したいから強く押してと頼むこともありますが、本物の職人さんはやりたがらないですよね。
横尾 ところで、和紙って何なんでしょうか?
前田 なかなか難しい質問ですね(笑)。今、日本で作られている和紙と言われるものの、原料のほとんどが日本製ではありませんからね。紙漉思考室では、原料は中国のコウゾを使うこともありますが、原料の下処理の段階で苛性ソーダや塩素などは使わないということにしています。白くするために使っているところも多いんですが、繊維に対してとてもダメージが多くまた環境のことも考えて、使わないことにしました。おかげさまで、僕らのように少ないロットでやっているところでも、考え方に共感して頼んでくださる方がいる。なので、自分らしい紙を追究していきたいと思っています。横尾さんもいろいろな仕事があると思いますが、横尾さんの顔が見える仕事ですよね。僕もそういう仕事がしたいと思いました。
横尾 そうですね。私、学生時代に紙の糸を使って編みものをしたことがあります。
前田 紙の糸って、こよりをご自身で作って?
横尾 いや、さすがにそこまでは。糸になっているものを使ってです。
前田 COSMIC WONDERの紙衣の紙を製作させて頂く前にも、友人で紙を使って洋服を作っていた人がいました。経糸をガンピにして。
横尾 ガンピの糸は高いですよね。
前田 ガンピは、コウゾとミツマタの中間くらいで、つややかさが断然違う。那須楮ってご存知ですか?すごくキレイなんですよ。僕は何回かしか使ったことありませんが、土佐楮よりも繊維こそ短いですが美しい紙が出来ます。
横尾 紙とひと言でいっても、原料によって種類がたくさんあるし、漉き方によっても変わるから面白いですね。
●
紙漉思考室 前田崇治
まえだ・たかはる/高知で紙づくりを学び2007年に独立。現在は唐津の七山にアトリエを設け紙漉きを行う。COSMIC WONDERと工藝ぱんくす舎の展覧会『かみ コズミックワンダーと工藝ぱんくす舎』などに参加。オリジナルグッズの製作なども予定している。
shikoushitsu.jp
●
横尾香央留
1979年東京生まれ。
ファッションブランドのアトリエにて
手作業を担当した後、2005年独立。
刺繍やかぎ針編みなどの緻密な
手作業によるお直しを中心に活動。
主な著書
『お直し とか』(マガジンハウス)
『変体』(between the books)
『お直し とか カルストゥラ』(青幻舎)
『プレゼント』(イースト・プレス)
主な個展
「お直しとか」(2011/FOIL gallery)
「変体」(2012/The Cave)
主なグループ展
「拡張するファッション」
(2014/水戸芸術館、丸亀市猪熊弦一郎現代美術館)
編集・文/上條桂子 写真/藤本幸一郎