学力が伸び続ける、本当の基礎とは? その1
学び舎こいく、
「絵で解く文章題」の実践より
前回ご紹介した『学習塾のボードゲームタイムから』の中で、ボードゲームと「考える力」の関係についてお話しくださった滝大夢先生。
4人の子どものお父さんでもあり、想像し、発想し、創造する「考える力」を育むためにはどんな環境、教材がよいかについて日頃から思いをめぐらせてきました。
そうする中でたどり着いたのは、自然の中で夢中になって遊ぶことがいちばん、という結論。福岡市内から糸島へ住まいを移すことを選択しました。
この度はご自宅にお邪魔して、「考える力」がなぜ必要か、そのためにどんな環境を整えたらよいか、じっくりお話を伺ってきました。3回にわたってお送りします。
最強の知育玩具
滝先生が主宰する学習教室「学び舎こいく」のブログには「私的“最強の知育玩具”ベスト4」という気になる記事が。その第一位は何だと思いますか? 答えは「水!」。
その理由はというと、
《色・形・感触・動き、どれをとっても凄く神秘的で、子どもが飽きることなくずっと遊ぶのもよくわかるはず》
遊び方も工夫の余地も無限にあり、“頭を鍛える”のにこれほど最適なものはないとか。
(ちなみにそのほかのランキングは《2位:土! 3位:植物! 4位:虫!》)
こう聞くと、それは果たして学力と結びつくの? という声や、「計算力をつけたり漢字を練習したりするほうが大事じゃないの?」という声が聞こえてきそうです。
また、保育園、幼稚園とのびのび来たけれど、小学校へ入ってバツ印のついた答案を見て初めて、「このままで大丈夫だろうか?」と心配になったというお母さんもいるかもしれません。
どうして勉強するの?
子どもが成長し、自立して生きていくためにはどんな力が必要なのでしょう。
大手進学塾に勤務していた頃、子どもたちに勉強を無理強いすることに抵抗があった、と先生は振り返ります。
「勉強して、偏差値の高い学校に進学して、給料の高い会社に入る、という幸せもあっていいと思うけど、全員に当てはまるわけではない。一人ひとり幸せのかたちは違うはずだから、何が自分にとって幸せか、考え続けることが大切だと思います。」
「学歴があれば社会的に優位になるという現実は教えなければいけないけれど、幸せになるために本当に必要な力というのは、個人的には『考える力』ではないかと思っています。嫌々ながらやらされる勉強で、考える力がつく、とはとても思えないから」
自分に子どもが生まれてからは特に「幸せになるため」という視点で考えるようになったといいます。学校の勉強が直接役立つ分野に行かなくても、生きる上で役立つ、広い意味の「考える力」を育てたいという思いが次第に大きくなっていったことが、こいくを始めるきっかけになったそう。
「保護者の方は勉強面での成果を期待します。もちろんそれには応えるけれど、それだけで終わりたくない。僕自身は人生を豊かにするものとして『考える力』を捉えています」
「絵で解く算数文章題」とは?
「考える力」を育む教材としてこいくで使われているのが、前回も触れた糸山泰造先生が提唱する「絵で解く算数文章題」。さっそくですが、子どもたちが解いている文章題と解答例をご紹介します。
【絵で解く文章題1】(低学年)
~問題は、地頭を鍛える学習教室の“お絵かき算数ドリル”より~
ちょうちょのあげはちゃんが家族でお散歩をしていました。天気が良くて気持ちがいいので、お花の上でお昼寝をすることにしました。一輪のお花の上には2匹が寝ることができます。あげはちゃんだけ寝るところがなかったので、一人で遊んでいました。お花は全部で4輪咲いていました。あげはちゃんは何匹家族でしょうか。
「絵で解く文章題」では、問いのポイントごとに絵や図で描き表すことから始めます。糸山先生によれば、人間は言葉以前に視覚イメージで物事を捉えることが得意な生き物。「百聞は一見にしかず」ということわざもあるように、言葉より目で見たものを理解する方が速い。そこで言葉で書かれた内容を絵に置き換えてみる。それができた時点で、問題は解けたも同然だといいます。
「小学校の文章題では《計算式を考えて、わかったら手を動かす》という順番に慣れている子が多い。この生徒も最初は手が動かなかったけれど、わかるところから絵にしていくと、描いているうちに楽しくなってきて、指で何度も数えながら問題文の通りの絵に仕上げることができました」
まずお花を。次にちょうちょの家族を描いてみる。描きながら何度も数え、視覚的に確認することで「わかった」の瞬間が訪れる。
「よく見ると羽の模様の描き分けを楽しんでいることもわかりますね(笑)」
そう、楽しみながら取り組むことがとても重要なのだとか。
次は「真ん丸ケーキ」の文章題。
【絵で解く文章題2】(中学年)
~問題は、学び舎こいくのオリジナル問題より~
お菓子作りが好きなじゅえるちゃんが、真ん丸ケーキを1つ作り、家族6人で同じ大きさに切り分けました。予定では、6人のケーキに同じ数ずついちごを置くつもりでしたが、妹がいちごをきらいだというので、妹のケーキだけは、他の5人より少ないいちごを置くことにしました。他の5人のいちごの数は同じです。全部で48個のいちごを置きました。妹のケーキに置かれたいちごは何個でしょう。
「実は子どもたちが悪戦苦闘するのは、絵に描いたケーキを6等分すること。実生活での経験がなかったり、図形の感覚が弱い子どもにとっては大人が思う以上の難題です」
4等分、8等分ならすぐ線が引けるけれど、という生徒が大半だとか。
「6等分した完成形を目に焼き付けることで、円の性質、おうぎ形、中心角などについての理解も深まります。まだ掛け算、割り算を習っていない学年でしたが、戸惑いながらも描き進めていくことができました」
手を動かして絵で描いてみることができるようになる以前は、とにかく式を書く、見当違いの式を連発する生徒が多いそう。
「式しか頼れるものがないとそうなります。絵図を描きながら具体的に『わかる』という経験を積み重ねる。そういう練習をしてきた子であれば、描いてみた絵を見ながら考えを進めていくことができるのです」
言葉を視覚化するプロセスを何度もやり遂げる。それによって本当に「わかる」瞬間が訪れるのだといいます。
考える楽しさ、知っていますか?
先生は大手進学塾で指導した経験から、学力を伸ばし続けることができるのは「考えることの楽しさ」を知っている子ども、という結論にたどり着きました。
時は移り、こいくの面談で家庭の様子を聞くにつれ確信したことがあります。
「考える力をぐんぐん伸ばしているのは、遊ぶ余裕もないくらい宿題を頑張っている子、ではなくて、むしろ“宿題をそこそこに遊びに夢中になっている子”の方なのです」
「工夫して、試行錯誤する」「想像して創造する」、「集中して没頭する」。教室の外で、実生活の上で、こうした経験を積み上げている子どもこそ、文章題も「楽々と楽しみながらやり遂げてしまう」といいます。
特に10歳まではこうした経験をたくさん積ませる環境を作ってあげてほしい、と先生が保護者の方に強調するのはそういうわけなのです。
10歳までの土台作りは「遊び」
「よくこういう話をすると『そうですね、勉強も遊びも大事ですよね』という方向に話がいきがちなのですが、勉強してから遊びなさい、ということではないんですね。10歳までは遊ぶことと勉強は対立するものではなくて、遊ぶこと=考える力の養成。しっかり楽しんで遊んでいれば、勉強だってできるようになるのです」
ここで「10歳までに」とするのには理由があります。
「10歳を過ぎると、文章題を解いていても新しい工夫というのがあまり出てこなくなります。個人差もあるけれど、10歳前後で柔らかさみたいなものが消えていき、代わりにそれまでに自分が作り出した思考回路を発展させていく、抽象的な思考へと移行していく様子が見られます」
絵で解く文章題以外にも、考える力をつけるためのアプローチはあるけれど、一貫して言えるのは、年齢に即した教育法があるということだと。
「知識を入れ込むのは10歳以上でいいのかな。その前は体験とか、手を動かして、納得するまでじっくりやってみる、そういうことの方が大切だろうと思います」
滝 大夢 先生
福岡市内の学習教室「学び舎こいく」主宰。大手進学塾に勤務後、独立。糸山泰造先生が提唱する『絵で解く算数文章題』を主なテキストに、じっくり考える力を育てる個別学習指導を行う。2014年より家族6人で福岡県糸島市在住。
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学習塾のボードゲームタイムから