みんなの「ものさし」通信
第二回 『友達』

わたしの幸せってなんだろう?
大事なことってなんだろう?

「わたし自身のものさし」を考える、
みんなの「ものさし」通信。



わたしにとっての友達とは?
「友達」ときいて今思い浮かぶことを綴ってみました。

大人になっても、新しい友達ってできますか?

「センキューパセリ」

くらすこと 藤田ゆみ

子育ても少し落ち着いて、いつものわたしが戻ってきた 40代半ば。周りを見渡してみたら、あれ、わたし友達がいない!と改めて気がついた。“と整体“の川﨑さんに、「川﨑さん、大人になっても友達ってできるんですか?」って尋ねて、笑われたりもした。

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大人になっても、新しい友達ってできますか?

「娘の友情、親の友情」

くらすこと 商品企画スタッフ 赤間

子ども同士が親友になったことで、はじめてできたママ友。大親友だった子どもたちが思春期になり、うちの子が距離を取り出し…。

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大人になっても、新しい友達ってできますか?

「漢方本とわたしのような関係」

くらすこと 編集スタッフ 福場

「頼りたい時に頼りあって、適当に、気楽に、でいいんよ」

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大人になっても、新しい友達ってできますか?

「センキューパセリ」

くらすこと 藤田ゆみ

先日、たまたま出張のタイミングで、料理家の中川たまさんのアトリエで山下りかさんのワークショップがあるというのを偶然インスタの投稿で見て、参加してきた。たまさんはくらすこととしてはじめて開催したおむすびのワークショップをお願いしたひとで、りかさんも活動当初から、教室や子育てひろばで手仕事を教えてもらったりと、東京で活動している時代、たくさんお世話になった知り合って20年のふたり。

2013年に長く住んだ東京から家族で福岡に移住し、かれこれ11年。
タイミングがなくて10年以上ぶりにお会いしたけれど、「まるで昨日も会っていたような、本質は全然変わらないわたしたち」とりかさんがインスタで書いてくれていたように、離れていた時間なんて関係なく、昨日の続きみたいにおしゃべりに花を咲かせた。

正直、わたしは昔から友達が少ないタイプ。
30代、40代と子育てと仕事で精一杯だったから…というのは言い訳で、単に友達との縁を大事にできる人間ではなかったんだと思う。
あんまり深く考えずに全然知り合いもいない土地にぽんと移住して、その後に仕事でとても辛くてしんどいことがあって、しばらくは友達とたのしい時間を過ごす、なんてできない時期もあった。

そして一番仲のよかった友人と決裂したのもこの頃。
きっかけは友人の思い違いが発端だったけれど、それがこじれて、どうしてこんなにわたしが一番辛い時期に分かってくれないんだろう、助けてくれないんだろうと、お互い相手に対して求める気持ちがこんがらがったのが、仲違いの要因だったと思う。
トイレに連れ立っていくような、まだ子どもの頃の「友達の在り方」を、どちらもが引きずっていたんだろうな。

そんないろいろが落ち着いてきて、いつものわたしが戻ってきた40代半ば。
周りを見渡してみたら、あれ、わたし友達がいない!と改めて気がついた。
お世話になってる、“と整体“の川﨑さんに、「川﨑さん、大人になっても友達ってできるんですか?」って真剣に尋ねて、笑われたりもした。

「なんで友達がほしいの?」と改めて考えてみる。
思い浮かんだのが、もう随分前のドラマだけど 2017年の『カルテット』。

松たか子、満島ひかり、高橋一生、松田龍平主演、脚本坂元裕二の細かな会話が最高なドラマの最終話で、家森(高橋一生)が唐揚げにパセリが添えられていることの役割(殺風景でなくなる。皿に緑があることの重要性)を熱弁し、パセリがいたらパセリがいてくれることを忘れないようにと、真紀(松たか子)とすずめ(満島ひかり)が「センキュー、パセリ」と言ってパセリに敬意を払うというくだりがあるんだけど、まさにそんなこと。

もちろん、自分だけではどうにもならないなってときに、話を聞いてもらいたいとかも、たまにはある。
だけど一番は、「センキュー、パセリ」みたいな、あんなどうでもいいバカな話を大笑いしながらしたいんだ、って。

ちょうどその頃次女が小学校に入学し、意図せず密度の濃いコミュニティに新たに関わることになった。
友達を作ってやろう、なんて気持ちは微塵もなく、いろいろな方向に気を遣ったり、取り繕ったりがもう年齢的に面倒でできなくなり、「とにかくラクが一番」と、これまた意図せず、自然体というと聞こえはいいけれど、いつもどこでもそのままの自分でいるようになった。

そんな風にいたら、自然と新しい友達ができてきた。
東京の頃の友人たちも子育てが一段落し、またわたしの人生に昔の友達も戻ってきた。

どうでもいい話を涙を流して笑いながらできる友達のありがたさが身に沁みる。いくつになっても自分の本質はやっぱり変わらないけれど、友達は大事にしなくちゃって、年を重ねた今だからこそそう思える。

皆さんにとっての友達とはどんな存在ですか?
一度、棚卸ししてみると、また新たな友達ができるかもしれませんよ。

大人になっても、新しい友達はできます!

くらすこと 藤田ゆみ
小さい頃頻繁に発熱し、することがないので寝かされた部屋に飾ってあった版画、宮沢賢治の『雨ニモマケズ』を暗唱して暇を潰していましたが、わたしの清貧思想はそこから来ている気がします。



大人になっても、新しい友達ってできますか?

「娘の友情、親の友情」

くらすこと 商品企画スタッフ 赤間

長女には1歳の時からの幼馴染がいる。私にとっても初めての子育てに保育園。不安もたくさんあった頃に出会ったのがAちゃん。娘同士の月齢も近く私たち親の歳も1つ違いで、初めての説明会で彼女に会えたことで「大丈夫かも」とホッとしたのを今でも覚えている。話すと細やかな優しさと気持ちの良いざっくばらんさが同居している魅力的な人。聡明で音楽やサブカルの趣味も合い彼女のことがすぐに好きになった。“ママ友”という言葉にちょっと、いやかなりネガティブなイメージを持っていたけれど、彼女の存在がその思い込みを塗り替えてくれた。

Aちゃん家族の転勤を経てまた数年後にはご近所さんになることに。娘たちはまたすぐに大親友になり、登下校も習い事も一緒。ところが中学2年になる頃、その友情に変化が生じた。中学での部活もさらに塾まで一緒になった時、娘が余りにも多くの時間を1人の友達と過ごすことが窮屈になってしまったのだ。突然距離を取り出したものだから「どうしてなのか」と問われ、でも不器用な娘はその複雑な気持ちの表現の仕方もわからず、関係性が壊れてしまった。私も初めてのことに一緒に悩みながらも頭にあったのはAちゃんのこと。Aちゃんは怒っているかな。親であるAちゃんを悲しませているかもしれない。

娘たちのことを心配していると言いつつ、私の頭にあったのはAちゃんとの関係だったのだ。本当に自分勝手で嫌になる。数ヶ月の後別件で連絡することがあり、ここでなにも伝えないのは、と意を決して娘たちについて触れた。娘の心が変化していること、それは心の成長でもあると思うという言い訳、そして娘たちの仲がまたいつか戻りますように、という願い。
1日経って返ってきた返事に驚いた。そこには、娘たちのことはお互い様だから気にしなくていいこと、むしろ〇〇ちゃん(私の娘)を悩ませてしまって申し訳ないということ、自分の子には〇〇ちゃんを責めることは絶対にしてはならないと伝えていること、そして娘たちが今まで通りに戻っても戻らなくてもいいと思っている、と綴ってあった。衝撃だった。私は自分が楽になりたくて円満になりますように、でもこっちの言い分も理解して欲しいとわがままを言ったのに、決して自分の子を庇ったり擁護することなく冷静に受け止めていたのだ。そして最後には「娘たちと、私たちとの関係は別。これからもいい友達でいて欲しい」と。なんだか申し訳なくて情けなくて、でも嬉しくて涙が出た。彼女の方が断然大人でやっぱり聡明だった。そして彼女のことを今まで以上に尊敬し、今まで以上に好きになった。

それから数年経って高校生になった娘たち。高校は離れたけれど今でも一緒に遊ぶ仲良しだ。そして、Aちゃんとも引き続きラジオや音楽、本の楽しい情報交換は続いている。
※はじめの写真の海は、Aちゃん家族と行ったいつかの海

商品企画スタッフ 赤間
最近久々に集まったのは高1で同じクラスだった3人。昨日のことのように覚えている修学旅行のバカな思い出にお腹を抱えて笑いました。友情がテーマのおすすめ本は、山内マリコ『一心同体だった』。



大人になっても、新しい友達ってできますか?

「漢方本とわたしのような関係」

くらすこと 編集スタッフ 福場

わたしにとっての友達ってなんだろう…?
仕事おわりの夜に今日もやりきった~と、からだやこころと対話しながらふと手に取るのはいつも私のそばに置いてある漢方本。そうそうこのふと手を伸ばして頼れる感じ、きっとこれだ!今のわたしにとっての友達って。

体調が揺らぎやすいわたしにとって、漢方本は必須。季節ごとのこころと身体の対処法が書かれていて読むだけで肩の荷がおりる。頼りにしていたい存在でもあり、暮らしの中で漢方本が身近にあるだけでほっと安心もできる存在。取り入れたい時にとり入れたらいいし、気分が乗らない時は読まないことも。今の私にとっての友達もそんな丁度いい距離感で、時々わたしの心や肩の力をふっと抜いてくれる漢方本とわたしのような関係なのかもしれない、と改めて気がついた。

特にそう思えたのは、社会人以降の友達の関係。親の転勤と私の転職の関係もあり東京や大阪・京都と土地を転々として、今くらすこととのご縁で福岡にいるけれど、本当に深い仲の友人はそれぞれ過ごした土地に1〜2名ほどと少なめ。中でも大学で建築を一緒に学び朝まで設計課題をこなして何でも相談して濃い時間を共にしたMちゃんとは大学卒業後、私が東京・福岡で彼女は関西と離れて6年目になる。彼女は私の性格とは真逆でテキパキとしていてお姉さん気質。いつも起きたことを俯瞰して話合いのできる唯一の友達。

大学卒業後、社会人のスタートをきったのは東京での設計事務所時代。数年するとそのハードさと目まぐるしさに疲れてしまい不眠症などのあらゆる体調不良が続いた。さらに精神的にも沈んでしまいMちゃんと素直に話せない時期もあった。だけどMちゃんはいつもちょうどいい距離感で声をかけてくれたり、東京まで飛んできてとりあえず一緒に美味しいものを食べようと家から引っ張り出してくれたり、今後の人生相談をしたり。もちろん前に進むために時々厳しい意見ももらったけれど、こころのどこかで何を言い合っても大丈夫という信頼もありMちゃんには素直に何でも話すことができた。

「頼りたい時に頼りあって、適当に、気楽に、でいいんよ」

そんな中、根が真面目なわたしのこともよく理解してかけてくれた言葉が「頼りたい時に頼りあって、適当に、気楽に、でいいんよ」。なんだか、漢方本とわたしの距離感とも似ているなあと感じた言葉。毎日のように一緒ではないけれど、必要だと思った時にふと連絡をしあって手を差し伸べてくれる関係だった。

今でもMちゃんは「いつでも何かあったら関西に戻ってきていいからね~」「今日は私の相談聞いて~」「今日、満月だけど体調、大丈夫?」「とりあえずそんな時は、美味しいもの食べて早く寝るのが一番!」と、どこかじんわりとあたたかく包み込んでくれる言葉や贈りものを送ってくれて、まさに漢方本の処方内容のよう。彼女がいるから何があってもこころと身体は大丈夫、そう思えるような気もしていて距離が遠くても毎日の心強い味方に。

改めて今、わたしらしく過ごせている秘訣?根源?はこうやって、ふと手を伸ばして頼りあえる友達との関係にあるのかもしれないなと感じた言葉だった。
※はじめの写真の本は、いつもそばに置いているお気に入りの漢方本、ナツメ社の 『まいにち漢方』

編集スタッフ 福場
お気に入りの漢方本はナツメ社の『まいにち漢方』。体と心をいたわる365のコツが書いてあって、ぺらぺらと好きなページを順番関係なく読めるところがズボラな私にもぴったりで愛読中。

さいごに

わたしにとっての友達って?ということに向き合い棚卸しをしたのは、今回はじめてのこと。
スタッフ自身も改めてわたしと友達との関係を俯瞰してみるいい機会となりました。

それぞれの「友達」のかたち。
そもそも、自分が自然体でいることが何より一番の友達づくりの種となるのかもしれません。歳を重ねるからこその変化とその気づきに目を向けて、大人になった今だからこそ、「友達」について棚卸しをしてみてくださいね。