シュタイナーのお手当て
その3 〜植物オイルのお手当て

開催日:2015年3月10日
教えてくれる人:アントロポゾフィー看護スペシャリスト 村上典子

シュタイナーのお手当て もくじ

三回目となった「シュタイナーのお手当て」。
最後のクラスでは、植物のエッセンスが入ったオイルを使った手足のタッチケアを習います。
体の深いところからふわーっとリラックスしていく感覚が味わえる、パートナー同志で行うお手当てです。

ハーブ、果物に続いて、3回目の今回はラベンダーオイルなど植物オイル(マッサージ用)を使ったお手当て。
前回までは湿布法が主でしたが、今回は初めてオイルを使ったタッチケアを習います。
大人同士がパートナーになって行う間、子どもたちは「お母さん、何してるの?」という目でのぞきこんだり、真似をして一緒にやってみたり。
いつもは子どもと向き合うこと多い母さんたちが、今日はお相手の体と向き合って。
さあどんな時間が始まるでしょうか。

はじめに

ここでご紹介する「シュタイナーのお手当」は、シュタイナーの思想に基づく「アントロポゾフィー医療」の看護現場で、実践されているお手当のひとつです。
ヨーロッパの家庭で伝統的に行われてきた、いわばおばあちゃんの知恵袋にあたるお手当てに、
新しい角度から焦点を当て、伝えているものといえます。
(※アントロポゾフィー医学について、またそこでの「お手当て」の位置付けについては、第一回の「はじめに」をご参照ください)

その中のドイツ語で「リズミカルアインライブング」と呼ばれるオイリングとタッチケアのエッセンスをご紹介します。

皮膚—私とあなたが出会う場所

まず最初に、皮膚の役割についてアントロポゾフィー医療の視点から、典子さんが話してくださいました。

典子さん曰く「皮膚は『あなたと私』の境界線であるのと同時に、『私とあなた』の出会いの場所」。
シュタイナーの思想では、触覚が発達する以前の子どもは、周りの世界、環境と一体という感覚の中で暮らしているといいます。
自分と世界を隔てている「境界」がまだ存在しないので、周りの全てに愛情が流れていき、
また周りから流れてくるものも全て受け取る。
つまり刺激を全部、肌から心へ吸収してしまうのが、子どもの皮膚の働きです。

「皮膚は体の中でいちばん大きな器官で、外界と接しているから、『境界線の器官』と呼ばれています」と典子さん。
「自分と他人」「自分と環境」、その境界線をはっきり意識できるようになるためには、
子どもたちの「触覚」をしっかり育てることが大切だといいます。

「さわる」が育むもの

肌に触れる。それはつまり「境界」がここに「ある」と、教えてあげること。「私はここまであるんだな」と感じてもらうこと。
触覚が十分に発達することよって、「境界線」の感覚は育まれます。
そして境界線の感覚の芽生えは、「身体全体が、自分自身であるという感覚」の芽生えであり、
そのとき初めて子どもは体を自分自身のものとして使いこなすことができるようになる、と典子さんは言います。
「人は誰しも持って生まれたたまものがあり、本来そのたまものを生かす生き方をしたいのだと思います。
一生を通じてその人が自分らしくある生き方をするためには、自分の体を自分の思う通りに動かせるようでありたいですね。」

そしてもう一つ大切なのは、
「自分の中に内と外の間を分けるきっちりとした境界線ができていれば、相手を大事にすることもできる」ということ。
子どもたちが境界線を体験することの重要さはここに集約されるといってもいいでしょう。

境界線を教えてくれる、「温かな手」

相手の肌に触れるとき、大切なポイントは手が温かいことだといいます。
冷たい手で触られると、体はきゅっと縮こまってしまうから。
「寒い季節には、みなさんの体も縮こまって、動きも鈍くなりますよね。
境界線の隅々までしっかり自分自身を行き渡らせるためには、温かさが必要です」
そのほかに大切なポイントは、軽く触ること。肌の上の『覆い』になるような触り方をすること。
全部で3つのポイントがあります。

リズムと健康の関係

肌への触れ方、タッチには、リズミカルな動き、まあるい動き、ストレートな動き、主にこの三つがあります。
中でもリズミカルな動きは、「集中」と「ふっと抜く」という収縮と拡張の、呼吸のような動きをいいます。
「『リズム』はとても大事なもの。体の働きにとっても、1日の過ごし方においてもそうで、
健康になるためには『リズム』のある生活が欠かせません。
たとえば毎日同じ時間に起きる、同じ時間に食べる、朝起きたら散歩に出てお日様の光にあたる、といった生活のリズムですね。
四季のリズムもそうですが、地球に流れるリズムに則った暮らしが、人を健康にする上で大きな働きをしていることは、
覚えておかれるとよいかもしれません」

実践編

① 背中のタッチケア

てのひらを沿わせて

背骨の両側に手のひら全体を置き、上から下へすーっと下ろす。
ぐーっと力を入れて、最後は少し抜く。
先ほどの呼吸の動きを実践します。

「気」で「気」の流れに働きかける

手のひらを近づけた時にふわりと感じる温かいエネルギーのようなもの。これは中国の医学では「気」と呼ばれますが、リズミカルアインライブングはその「気」に働きかけるタッチケアなのだそう。
「力を入れて筋肉へ負荷をかけるのではなく、本来その人が持っている生命力の流れをよくするという考え方です。
『リズミカルアインライブング』というドイツ語の意味は、『さわって、オイルを塗って、さする』。
皮膚の上を流れていくような手の動かし方や、皮膚の上を大事にさわる、さすっていくという感覚を目指してください」

「背中に触れていただいたのに、お腹が緩んだ感じです」「体がポカポカ」という参加者の方の声。
「力の入れ方は強くもなく、弱くもなく。日本人は強いマッサージに慣れていると思いますが、ここでは『さわる』ことが大事ですから」と典子さん。
さわってもらうだけで、あったかくて気持ちいい。
お母さんはさわってあげることはあっても、さわってもらう機会は、実はなかなかないもの。意外に新鮮な体験でもあります。

② 手のタッチケア

手の実習ではいよいよオイルを使います。
ここでは WELEDA 社のラベンダーオイル、カレンデュラオイルを使いました。
* 植物オイルは、それぞれ作用にちがいがあります。その植物にアレルギーがある場合もありますので、体に合う物をお使いください。また今回は座って行ないましたが、横になって行なうことをお勧めします。

てのひらとてのひらで、包んでさする

両手にオイルをとり、お相手の手首の少し上から指先まで、背中のタッチケアのときのようにまっすぐすーっと下ろします。下ろしたあとは、てのひらの真ん中のくぼみでお相手の手を挟むように密着させて、優しく∞を描くように動かします。
「お相手のくぼみと自分のくぼみを合わせることに意味があります。お互いの手と手の間に、温かなボールのような感覚があるのが、わかるかな?」
答えて、「あったかい。手じゃなくて温かな光に包まれているみたい」という声が挙がりました。

お父さんとお母さん同士で

子どもには、手首の少し上から指先まで下ろしてあげたり、手のひらを包む動きだけでも十分だそう。
「あとは、いちばん子どもにいい影響を与えるのはご主人とすることですね。お父さんとお母さんがお互いに労わりあっているのは、子どもにとってとても嬉しいことなのですよ」

③ 足のタッチケア

足のタッチケアは、座って行なうこともできますが、今日は横になって行います。
足湯をしてからするとより良いですが、そうでなくてもかまいません。
足は手の応用。持ち方、やり方は同じです。それにくるぶしとかかとをくるくるとさする動きも入れてみます。
まず、くるぶしから足先まで全体を温めるように両手で包んでシューッと指先までオイルを塗り下ろします。
足の部分は両手で挟んで、てのひらのときのように動かします。くるぶしの周りはまぁるく優しくなでて。
最後に、足の先からかかとに向かってさすり下ろすように。
「こんなふうに順番はありますが、今日はあまり気にせずに、まずはやってみましょう。子どもたちには、両手で包んでさわることだけで十分です」。

「やってもらってない方の足がカチカチに固まってて、やってもらった右側がすごく柔らかくなった感覚」、「お湯の中に入っているような感じ」。そんな感想に答えて典子さんは「オイルを使ったタッチケアをすると、お風呂上がりのような感じになりますね。肌もポッと赤みがさしてきます」。

自分の内に静けさを

「オイルを使ったタッチケアをするときには、静けさがとても大事。小さなお子さんがいると難しいかもしれませんが、お母さんたちがときどき静かになれる時間を持てるといいですね」
なぜなら、子どもたちが育つ環境の中でいちばん大きな要素といえば、お母さんだから。
お母さんが気負わないで、今この瞬間を幸せだなと思えること。それが毎日の中で大切です、と典子さん。

シェアの時間

背中と手と足のタッチケアを終えて。
最後に今日の講座で学び、 家へ持ち帰りたいことをひと言ずつシェアの時間です。

「全身がぱあっとあったかくなって、安心する感じがすごく良かったので、主人と毎日できたらいいなと思う。子どもにも優しくなれるんじゃないかなと思いました」

「早く着替えさせたりすることばかりに気がいって、子どもとちゃんと肌と肌を合わせて触ってあげることが、あまりなかったことに気がつきました。これから帰ったらゆっくりゆっくり触って、肌と肌触れ合って、やっていけたらいいなと思いました」

「今すごく、体が緩んでいます。触られるだけでも気持ちいいし、触る方も気持ちがいいんだってわかりました。今のうちにいっぱいいっぱい子どもに触っておきたいなと思いました」

最後に、典子さんのこんなお話で、全3回の講座が終了しました。
「赤ちゃんのいるお母さんには、授乳のときにオキシトシンというホルモンが出るといわれています。
このホルモンは人をさわるときも出るし、触られる側にも出るのだそうです。
そのため「コミュニケーションのホルモン」と呼ばれています。
おっぱいをあげるときだけじゃなくて、肌をふれあうことでお互いから出るから、「幸せホルモン」とも言われているんですよ。
ぜひみんなが作った幸せホルモンで、幸せになってください。今日は皆さん、どんどん良いお顔になっていかれました。
ぜひお家でもご家族で試してみてください。ありがとうございました」

実習を終えて、お母さんたちの顔はポッと桜色に染まり、ひと皮むけたようなリラックスした表情が印象的でした。
横になってタッチケアしてもらうママを、ナイトのように守っていた男の子も、抱っこされたとたん、眠そうな顔。
それぞれの日常に帰っていく後ろ姿を、お互いに名残惜しく見送りました。

村上典子
大学病院で看護師として勤務後、家族と共に渡米。シュタイナー教育基礎を学ぶ。帰国後、シュタイナー美術教育を学び、現在は子どものためのクラスや児童精神科、認知症デイサービスなどで絵のクラスを持つ。2004-08年 IPMT、2009-13年国際アントロポゾフィー看護ゼミナールに参加し、アントロポゾフィー看護スペシャリスト取得。ほりクリニックに勤務。アントロポゾフィー看護を学ぶ看護職の会 会員。
共著『シュタイナーのアントロポゾフィー医学』(2017年2月刊/ビイング・ネット・プレス)では「看護」の章を執筆