糸島・海辺の手仕事料理店

“アダンソニア”という、ものさし

海と山の幸に恵まれた福岡県糸島市で料理店『アダンソニア』を営む前田達也さん。
地元の食材を大切にしながら毎日キッチンに立つが、心がけているのは「素材を余すことなく使うこと」。
無駄がないように、最後までしっかり見届ける。今回は食材への向き合い方について話を聞いた。

第2回

素材のものさし

〜素材の魅力を引き出す工夫とアイディア〜

食材に、最後の最後まで敬意を払う。

アダンソニアの料理は、不思議な魅力に満ちている。前菜からデザートまで、凛とした雰囲気を纏いながらも素朴さを持ち合わせている。けれども安定感のある本格的な佇まいを支えるのは、やはり料理人としての確かな腕だと思う。
かつて、東京にある正統派のフランス料理店で修行をしたという達也さん。野菜の切り方から素材への火の入れ方、ひと皿を作り上げる集中力…。そこで教わったことは、アダンソニアの料理を築き上げる基礎となっているのは確かであり、今でも大事にしているという。
「技術面ではもちろんですが、シェフは毎日毎日〝食材を無駄にするんじゃないぞ!これはまだ使えるぞ!〟って、言ってました。まかないは鍋についた一粒の米でも残さない。出汁を取った後の出し殻はポトフやカレーで食べる。お菓子を作って余った卵白は冷凍保存すると泡が立ちやすくなるし、切り落として余ったパンはもう一度加工してデザートに。ほとんどの素材が二次加工、三次加工されていました。そんな料理にはどこかアンティークの服みたいなこなれた雰囲気があって、かっこよかったですね」と当時を懐かしそうに振り返る。

「本当に生ゴミの出ない厨房でした」と、修行していたレストランを称する達也さん。料理をする上で〝捨てないこと〟の知恵や技術面での体力をつけてくれた思い出の料理があるという。
「サディッションサラダとレギュームショーと僕たち料理人は呼んでいて、おまかせサラダとフランス風の温野菜という感じでしょうか。注文が入ると、泥つきの人参や大根、ほうれん草や野草など、毎週届く産直野菜の箱の中から味や食感を見極めて調理を開始します。スパイシーな大根は薄めに切ってアクセントに。首の部分は使いにくけど、水で煮てバターを入れればスープになるなと、そっちに回したり。ワイルドなほうれん草や小松菜は手でギュッと繊維を潰せば食べやすいなぁとか。人参も甘みが強い上の部分は、輪切りにして蒸したら美味しいなぁとか。決まりがない分、自分の腕が試されてやりがいのある料理でしたね」。
素材を無駄にせず使い倒すという執念の本質は、些細なことまでも知恵をしぼることなのかなぁとつぶやく。それは、命ある食材に最後の最後まで敬意を払うことであり、プロの料理人としての真髄なのかもしれない。

素材を分解して、再構築するというメソッド

アダンソニアでも食材を余さず使うことは、当たり前の日常。ぶどうの果肉はコンポートにして、皮は煮ると美しい若紫色が出るのでゼリーを作る。妻のゆかりさんが焼いたケーキの切り落とし部分は、達也さんの手に渡り、フルーツをたっぷり入れて香ばしく焼いた『ディプロマットプティング』というデザートへと変身する。
「フランス料理で教わったことは、食材を分解して味や食感を理解してから、どう料理に再構築するかというメソッドかな」と達也さん。蕪ひとつとっても、葉っぱの上部はクセがないのでソースに使えるが、下部は茎が硬くなって独特のエグミがあるので火を通す料理に向いていたり。大根の葉も味が強くて生では使いにくいけど、脇芽だと柔らかくて葉が小さくてかわいいので、サラダにパラパラと散らしてトッピングしたり。
私たちの身近にある食材たちは、実はじっくり見つめると、バリエーション豊かな味や食感の緩急を持っている。その小さな生命体は、様々な音色を奏でながらひとつの音楽を生み出すオーケストラのようで、美しくてとても尊いものだ。にんじんも、たまねぎも、きゅうりにも。まだまだ知らないたくさんの魅力が隠れているのだろう。達也さんの話を聞いていると、いつも見ているふつうの食材が輝きを放ちだした。

外側はサラダに。内側はピラフに。
にんじんを分解して、料理をしよう!

にんじんの分解

にんじんを縦半分にカットすると、白い線が見える。この線より外側と内側の味と食感の違いを踏まえて料理をします。

[にんじんの味の違いについて]
外側 → みずみずしくて食感も柔らか。火を通さない料理に向いています。
内側 → セリのような香りがして少しクセがある。炒めたり煮たりして、味を引き上げます。

にんじんの外側を使って
−サラダの作り方−

にんじんと大豆と洋ナシのサラダ (2人分)

材料:
にんじんの外側 … 130g
大豆の水煮 … 大さじ3 (1/3程度を包丁で潰しておく)
洋なし … 1/2個
紫たまねぎ … 1/8個
ルッコラ … 適量

【A】 柚子(絞り汁) … 1個分
  エクストラバージンオリーブオイル(大さじ2)
  はちみつ(小さじ1)

タイム、柚子の皮(適量、なくても良い)

1.にんじんの外側をピーラーでスライスする。

2.洋ナシは乱切り、ルッコラはざく切り、紫たまねぎはみじん切りにする。

3.ボウルに大豆、洋なし、紫たまねぎを入れて、Aを加えて塩(少々・分量外)で味を整える。そのまま10分放置する(マリネ液が出る)。

4.別のボウルに、にんじん、ルッコラを入れて、3で出たマリネ液を加えて和える。

5.皿に4を敷いて、その上に3を盛り付ける。タイムと柚子の皮を散らして出来上がり。

にんじんの内側を使って
−ピラフの作り方−

にんじんとハーブのピラフ (2人分)

材料:
にんじんの内側 … 100g
バター … 20g
塩 … ふたつまみ
米 … 2合
水 … 360cc
ベーコンブロック … 20g
くるみ … 大さじ2
好みのハーブ … 適量

1.にんじんは分量の半分をみじん切りにして、残りはすりおろしておく。

2.厚手の鍋にバターを溶かして、みじん切りのにんじんと塩を加えて蓋をして5分弱火で蒸し炒めにする。

3.甘い香りが立ってきたら蓋を開けて、中火にして米を炒める(この時、蓋についている水分も鍋に戻す)。

4.米が透き通ってきたら水を注ぎ、すりおろしたにんじんとベーコンを加えて強火にする。沸騰したら火を止めて鍋底を一度木べらでかき混ぜ、蓋をして弱火で10分。

5.火を止めて5分くらい蒸らして、さっと蓋を開けてくるみとハーブ(この日は、ディル、イタリアンパセリ、セルィーユ)をのせる。蓋をして余熱でハーブに火を入れて香りを閉じ込める。

6.全体を混ぜ合わせて出来上がり。

*炊きたてを鍋ごとテーブルに運び蓋を開けた瞬間のにんじんの香りもご馳走なので楽しんでください。
*なるべく淡い味付けにしておくのもポイントです。お肉や魚料理、トマトサラダなどいろいろな料理に寄り添います。「前田家では、オムライスにしても大好評でした」。

食材を無駄にしない
アダンソニア定番の保存食の作り方

にんじんのピラフに添えた、色とりどりの野菜。達也さんが今はまっているというロシアの保存食。にんじんやきゅうりなど、好みの野菜を入れて発酵させれば、立派なピクルスに。料理にさっと使えるし、彩りもきれい。「野菜の切れ端があまったらこの瓶につけておくんです」と、ここにも食材を無駄にしない工夫がありました。

(作り方)
1.瓶を煮沸消毒して、カットした食材を加える。
2.塩水(水に対して、塩は3%程度)を注いで、常温で冬場なら2〜3日置いておく。
3.蓋をあけて、プシュッ!と音がしたら発酵している証。好みの発酵のタイミングで、冷蔵庫(冷蔵庫に入れると発酵の進みが遅くなります)で保存。

さぁ、漬けてみよう!

にんじん、きゅうりは生のまま。パプリカは火で軽く炙って皮をむいて。きのこ類とトマトは軽くゆでて、冷ましてから漬けるのがオススメ。ハーブを加えると風味が豊かになります。

写真 白木世志一
構成・文 ミキナオコ

これからの公開予定

第3回 お菓子のものさし(2018年11月9日公開)

料理だけでなくお菓子も人気の『アダンソニア』。白く柔らかい光を放つシャインマスカットのケーキや、鮮やかな赤が目を引くプラムのタルト…。ルーツを辿ると、話は作り手であるゆかりさんの子ども時代へと。

第4回 家族のものさし(2018年11月16日公開)

アダンソニア

福岡県糸島市にある海辺の料理店。地元の食材を使った季節のコース料理が楽しめる。店の顔とも言える手打ちパスタと、フォトジェニックなデザートが人気。丁寧な手仕事にファンが多い。
〒819-1614 福岡県糸島市二丈浜窪396-1 Tel:092-325-2226
12:00〜17:00 (売り切れ次第終了) / 木、日曜休
*ランチ12:00〜、13:30〜、カフェ15:00〜で、共に予約制
http://adansonia.petit.cc