木工作家・山口和宏さんファミリーの新しいお店ができるまで

~お父さんの眼差しが育んだもの~ 【後編】

初めての弟子

木工作家の山口和宏さん一家がこの夏(2018年8月10日)、
ショールームとカフェを兼ね備えたお店をオープンします。
名前は「jingoro」(山口さんの祖父の名前から採ったそう)。

すでにお店が「僕のものであってそうでない」気がし始めているという山口さん。
家族それぞれがやりたいことを実現して、来る人に楽しんでもらえる、
皆の役に立つ場所になればいいと話します。

ここにいたるまでの4年間は、父としてさまざまな場面で決断を迫られることも多くあったとか。
その日々を振り返ります。

大きな手

「眠れませんでした、何日も」
山口さんが振り返るのは、4年前の春のこと。大学を卒業した歩希子さんは、旦那さんになる一城(いっせい)さん、お腹の赤ちゃんとともに帰ってきた。新たに息子と小さな命を預かることになって、新しい家族の基盤を作るために「なんとかしなきゃ」、もがきながらも先が見えず、正直、沈んでしまいそうだったときも。

「でも、本当によかったと思います」
今心からそう言えるまでの葛藤は、これまで胸にしまってきた。

木を彫る、家具を組む。手と腕にぐっと力がこもる。

「手、大きいな」
初めて会ったとき、一城さんの目に入ったのは山口さんの手だった。痩せ型の長身からは想像できない、節の太いごつごつした手。長年木を削り、組んできた職人の手だ。

一城さんは山口さんの初めての「弟子」になった。教えるにあたって心がけたのは「押し付けない」こと。代わりによくよく考えたのは「一城くんがやる気になるためにはどうすればいいか」。試行錯誤の上、たどり着いたのは「かっこいいものを見せる」。そのことは地域の仲間との交流の中で、自然と叶えられていくことになる。

左から「先生の椅子」、「チャーチチェア」、「スツール」。お店の展示スペースで撮影。

ウェグナーの椅子

うきは市周辺では、この頃おしゃれなお店が増えてきた。
「震災後の流れでしょうか。今、地方で30、40代の方がお店を始めていますよね。この辺りでも本屋さんができたり、コーヒー屋さん、生活雑貨のお店ができたり。久留米、福岡、熊本にもいいお店があって、全国から訪ねてくる人も多いです」

地域のものづくり仲間の間で、気がついたら山口さんは最年長になっていた。
「これはみんなかわいがって仲良くやっていきたいなと。そう思って接してみると教えられることがたくさんありました。仕事の面でも、人付き合いの面でも」

家族の一員、獅子丸はお店巡りにも同行。

お隣、日田市の映画館の主とは特に仲良くなったし、歩希子さん憧れのカフェに行くために鳥取まで足を伸ばしたこともあった。おおいに刺激を受ける毎日が知らず知らずのうちに始まっていた。

そんなある日のこと。一城さんがヴィンテージのウェグナーの椅子を買ってきた。福岡のお店で見かけ、給料をはたいたという。
山口さんは思った。なにしろ北欧の巨匠の名作である。同じものをつくることはできない。けれど、その“かっこよさ”を自分の仕事の中に形を変えて生かすことはできる。そうやって工夫することに興味を持ち始めたのがいい── 最高に「かっこいいもの」を見る目が育ちつつある弟子のことを、さぞ誇らしく思ったに違いない。

カフェで使う予定の「先生の椅子」と「スツール」。「レザー部分の経年変化などを見てもらえれば」。

コーヒーとケーキ

その頃、一城さんはコーヒーに興味を持つようになった。それも焙煎から。大阪まで講習を受けに行ったり、珈琲店を営む先輩にアドバイスをもらったり。「とにかく周りの環境が恵まれている上に、コーヒーやっている人って、皆さんかっこいいんですよね」と山口さん。
「一城くんも手回しの焙煎機でやっていますが、いい線いってます」

南青山の名店、大坊珈琲店(2013年12月閉店)で使われていたのと同じ手回しの焙煎機。富士珈機から限定で復刻されたものを使っている。

同じ頃、歩希子さんにも変化が訪れていた。
「学生のときは、父の仕事とか興味がなかったんです。父の周りにどんな人たちがいるのかもちゃんと見てこようとしなかった。でも、一緒に仕事をするようになったら、ああ、こんな素敵な人たちと、地元でも、遠くの人ともつながっているんだな父は、と思ったら、自分もその人たちみたいになっていけたらいいなと思うようになりました」

歩希子さんがきこちゃんのために縫ったワンピース。右のうさぎは保育園のお昼寝で使う枕カバー。

特に食に携わる人たちに惹かれ、イベントなどのお手伝いをするうち、歩希子さんの中に強い思いが芽生えた。それは自分と同じ体質を受け継いだ娘を育てる中で育まれてきた思いでもあった。小さな頃から親しんできた手作りのお菓子を、季節のものや地元のもの、身近な素材を使って焼いてみたい。そして誰もが安心して食べられるものを提供する場所を作りたいと。

一城さんの祖父が育てたレモンを使ったパウンドケーキ。シャリッとした糖衣で甘酸っぱさが際立つ。

3人乗りの列車

こうして二人がそれぞれ興味のあるものを見つけた頃、山口さんはある決断をする。
「3人乗りの列車を走らせるときがきた」。
今までは山口さんが運転する一人乗りの列車に3人が乗り込んでいた。
このままでは窮屈だし、線路の先のゴールも1つしかない。
まず木工製品を販売するお店を持ったらどうだろう。そこで歩希子さんがおいしいお菓子を焼いて、一城さんがコーヒーを淹れて。来てくださった人に喜んでいただける場所を作ることはできないだろうか。

カフェで使用、販売予定のリム皿。デザインは山口さん、制作は知り合いの職人さんに依頼。

この決断はキャリアのほとんどを工房での製作に費やしてきた山口さんにとって革命ですらあった。
「お客さんがどんなふうに僕の食器を使ってくれているか、ずっと気になっていました。お店ができたら、お客さんとのおつきあいもスタートするでしょう。いい面ばっかりじゃないと思います。でもいろんなことが経験できると思うからおもしろい。楽しみです。何が起こるんやろうって」

お茶碗と汁椀、ベビースプーンと歩希子さん作のスタイがセットになった「ベビーセット」。こちらも販売予定。

登場人物が増えていく人生

山口さんのこのところの人生にはどんどん登場人物が増えていくようだ。まるで……
「お芝居みたい。いろんな人たちがやってきて」
以前は展示会以外で出かけることはほとんどなく、社会性ゼロだった、とは本人の弁。
それが今は、「娘たちと仕事をするようになったら、そんなこと言っとれんなあと」

この工房で20年間、木と向き合ってきた。

今、山口さんの周りには多くの若い人が集まる。理由はわかるような気がする。その温かな眼差しに出会うと、頑なだったり迷っていたりした心がふと緩むのだろう。急がなくていいよといってくれているようだし、ときがくれば今度はそっと背中を押してくれるのだ。

1950年代のプジョーのコーヒーミル。山口県のCAPIME coffeeで取り扱っているもの。

言ってみれば新しい家族の、また地域のゆるやかなつながりの中で若者たちを見守るビッグファーザーのようだ。
その山口さんに家族の理想の姿を聞いてみた。
「家族はバラバラがいい。それぞれ興味を持つところが違って、得意なことも違って」
いつも一緒でなくても、肝心なところで好きなものが共有できるという方が幸せ、と笑う。

一方で、「家族をつなぐ目に見えない『何か』がある気がします」とも。
その「何か」とは耕して育てるもの、そのために必要なのは「褒めること」。
ちょっとした工夫や小さな挑戦でも、パートナーや子どもがしたことを認めること。
助けが必要だと思えば家事も積極的に受け持つこと。

皿洗いのお手伝い中。

教職という生涯の仕事と巡り合ったパートナーと体が弱かった小さな娘、皆が元気に暮らしていくには、家族をつなぐ「何か」の存在を信じて、耕していくしかなかったから。
新しい家族がやってきたときも同じく。若い二人が好きな道をみつけていくまで、辛抱強くそばにいた。

桜は使い込むと赤みが出る。おいしいものを載せてきた月日が味わいを生む。

最後に聞いてみた。ご家族は山口さんのそうした思いを感じていらっしゃるんでしょうか。
「何も気づいていないんじゃないかな(笑)」
でもね、と微笑む。「僕は美味しいものが好きだから、嫁さんがごはんを作ってくれたりお菓子を焼いてくれるだけで十分」
その穏やかな眼差しに、この世に人が生まれて以来、パートナーを愛し、子を育て、家族を守ってきた「お父さん」たちの、強さと優しさを見るおもいがした。

前編「父と娘」へ

取材・文 松本あかね
写真 戸倉江里

2018年8月10日(金)にオープンします

jingoro

〒839-1343 福岡県うきは市吉井町鷹取1557-3
電話:0943-73-7773
E-mail:morinonaka@cyber.ocn.ne.jp
HP:jingoro.jp
営業日:金曜日〜月曜日 11:00〜17:00

山口和宏さんの木の器

パン皿やカッティングボードなどの、日々使う生活の道具。 年月を重ね使い続けることで、自分だけの道具へと。
木の器だからといって身構えず、いつものごはんにおおらかに使ってほしい。 そんな使い方が似合う、山口さんの器です。

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