寺田優さん/寺田本家24代目当主 その2

次の生き物のためにエネルギーを高めていくのが
発酵っていうことなのかなって

自分たちがまずお米づくりをやって、そこからお酒づくりをやってっていう、1年のトータルのなかで仕事をしていくのもそうです。今年は梅雨明けが早くて夏が暑くてと、いろんな環境のなかで接していると、お米にも気が宿って、お米とどこか気持ちが通じてくるようなところがあります。秋になって実って、黄色く色づいて、それを収穫して乾燥させ、籾摺りして、精米して、お酒にしていく。その間ずっと一緒に心を合わせていくことが、気持ちを込めるっていう意味でも、自分たちの技術を磨くという意味でも大事かなと思うんですよ。
お米は夏の間じゅう田んぼのなかにいて、四方八方から光を受けるから、光の塊だともいわれるんです。で、「氣」っていう昔の漢字には「米」という字が入ってますから、光の塊が入ってるってことじゃないかなと思うんですよ。光の塊と呼んでも気と呼んでもいいですが、それがぎゅっと詰まったものを蔵に持ってきて、微生物の発酵によって、解き放たれる。そのエネルギーがお酒のなかにふたたびぎゅっと詰まることによって、本当の生きたお酒になっていくんじゃないかなと。

人が発する気、大地の気、光の気。気が固まって、お酒ができてくるんだと思います。込められた気を微生物が解き放ち、お酒の醸造の過程でさらに化学反応していろんな栄養素ををつくりだして、お米のときよりもっとエネルギーが高まったものをつくってくんじゃないか。それが発酵していくことなのかなって思うんですね。
そして、そうやってできたお酒は、人間が飲んで、身体のなかで分解されて、おしっこや汗になって出てくる。それが水中に流れ、いろんな微生物に分解され、海に還っていく。これもやっぱり発酵といえるでしょう。
自然の循環というのは、いろんな生物が恩恵を預かりながら元のかたちに戻っていくわけなんですよね。そういう流れで考えると、発酵するというのは、次の生き物のためにエネルギーを高めていくっていうことなのかなっていうのが、なんとなく自分の感じているところなんです。

すべてが、つながりのなかにある

——初めて取材させていただいたとき、「微生物も、人間も、米も、酒も、宇宙のなかで私たちはすべて一緒なんだ」っておっしゃっていて。そのときは紙面の関係上、掲載できませんでしたが(笑)、じつはいちばん印象に残ったお話でした。

人間って、自分ひとりでなんでも判断して、自分で生きてるように思ってますけど、本当にそうなのかはわからないですよね。お腹のなかには腸内細菌が100兆とか1000兆いるといわれています。お腹がすいたなとか、今日は出かけたい気分だなとか、自分で判断していると思っていることは、もしかしたらその微生物たちが決めていることなのかもしれない。
本当はいろんなもののなかで生かされている。いろんなつながりのなかで自分の、みんなの命がある。すべてが、つながりのなかにあると思うんですよね。だから、自分がなんとかするってことよりも、生かされているなかで自分の役割を全うしていくことがいちばん大事かなと思うんですね。
微生物も、善玉菌とか悪玉菌とか日和見菌だとかね、人間の都合で決められちゃってますけど、いろいろな性質の菌がいて、みんなが仲よく成立しちゃうという世界。人間社会も、善い人、悪い人……日和見の人(笑)、いろんな人がいますけど、いろんな人がいることによって自分が生かされ、社会が健全な姿を保っていくわけですね。そういう意味では、世の中のありかたっていうのは、微生物の世界も人間の世界も同じだなと思いますね。

——善いか悪いかはひとつの価値観だから、別の角度から見たら、立場が入れ替わったり、簡単に覆ったりしますもんね。

そうですね。時代によっても変わるし、どこからの視点で見るかってことですよね。多様な環境を大事にしていくっていうことが、自分にとっても居心地のいい、生きやすい世界を保つことになるのかなと思うんですよね。そのときどきで最適なことを選んで、それが結果的に心地よい世界をつくりあげていく微生物の動きを見習って、人間も、自分の命が心地よいと思う方向に判断していくと、もっと生きかたや考えかたが変わっていくんじゃないかなと思いますね。だから、頭で考えるんじゃなくて、お腹で考える。腸内の微生物に委ねてしまえば、案外うまくいくのかもしれません。

「寺田優さん/寺田本家24代目当主 その3」へつづく

寺田 優(てらだ まさる)
無農薬の米を使って無添加で酒づくりをする寺田本家の第24代目当主。学生時代のバックパッカーに始まり、動物を撮影する動画のカメラマン、世界中の農業研修を経て、寺田本家に婿入りする。添加物入りの酒づくりからかつての自然酒づくりに立ち返り、寺田本家を大きく方向変換させた先代の遺志を継ぎつつ、寺田本家の地元である千葉県神崎町を活性化する「発酵の里プロジェクト」発起人を務めるなど、発酵の魅力を伝える使命を胸に活躍している。
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