寺田優さん/寺田本家24代目当主 その3

全体のめぐりと自分というのが
全然かけ離れていないんだという感覚

——優さんは、どういう経緯で寺田本家にいらしたのですか?

かみさんがここの次女なんです。で、結婚する前にお酒づくりを1年間やらせてもらって、結婚するにあたって、じゃあ婿入りするかってことになって。自分ははじめ、昆虫や野鳥をテレビ番組用に撮影する仕事をしてたんです。カメラ持って山に入って、撮影が済むまでひたすらこもる、というような。

——動物に興味があったんですか? それともカメラに興味が?

自然界に興味がありました。どうしたら自然とともにいられるのかなって思ってました。学生時代にバックパッカーをやっていて、海外にいろいろ行ってたんですよ。それで、自然のなかで生きていくのはおもしろいなって。そんなときに星野道夫さんの本を読んで、こんな感性の人がいるのかと衝撃を受けたんです。で、俺もこんなのがいいなって感じで、単純に。

——へえ。でも、いまのお仕事と無関係ではなさそうです。

そうですね。それで、実家にいちど戻らなければならない事情があり、会社を辞めて撮影の仕事から離れたんです。そのタイミングで、なにか違うことをしようと思って、いろんな農場を転々と働きながら世界をまわりました。
そんなとき、農業やりたいなら寺田本家でもできるよと彼女に言われて。そのときはまだ結婚の話も出てませんでしたから、おもしろそうだからやってみようかというバイト感覚でした。お米づくりの途中から参加して、冬になって、お酒づくりもやっていきなよみたいな、そんな始まりでしたね。先代ですが、義父が気さくな人で。娘の彼氏なんてふつうはけむたがるじゃないですか。でも全然そんなことなく、快く迎えてくれて。

——優さんが、けむたい人じゃなかったからですよ(笑)。

そうなんですかねえ。僕、お酒あんまり強くないんですよ。コップ1杯で真っ赤になっちゃうぐらいで、いまもあんまり変わってないんですけど。彼女の実家が酒蔵だっていうのも知ってたし、変わった酒をつくっているのも知ってたんですけど、まさか自分が関わることになるとはまったく思ってなかったですね。ほんとに不思議なご縁です。

——さっき話してくださった、微生物も人もすべて一緒だっていうのは、酒蔵に入ってから感じたことですか? それとも、山で動物を撮影したり、世界中で農業をやっていたころから、そういう認識はもっていましたか?

最初からはっきりと意識しているわけではありませんでしたが、でも全部つながってくると思います。また違う話かもしれないですけど、オーストラリアにいたときに感じたことがあります。パースっていう街から南に1~2時間行ったところに、イルカが来るビーチがあったんですよ。暇だったからずっと見ていたら、ボランティアをやってみたらって地元の人たちに勧められて。それで、2~3週間ですけど、ネイチャーガイド的なことをやったんです。イルカが来たら一緒に泳いだり、お客さんに説明したりして、まあ、ひたすらそこにいるだけの仕事なんですけどね。
そのビーチにいる間、太陽がこっちから上がって、ずーっと動いて、反対方向に下がっていくわけです。そのときに、太陽の恵みがあって、そこに自分の視点があって……説明しづらいんですけど、自分が見ていないとその太陽は動いているかわからないというか、なにか一体感があったんですよ。そういう全体のめぐりと自分というのが、全然かけ離れていないんだなあという感覚が。それが、自分のなかの自然に対する憧れみたいなものの最初だったかもしれません。

ただ見て、それを実況中継する

はっきりと目に見えない世界も含めて、きちんと自分の意識のなかにおいておくというのは、幸せに生きられるかどうかの違いになるかもしれないなと思います。いまは、見える世界に重心をおきすぎなところがあるんじゃないかな。そこにいると安心なのかというと、そうでもなかったりして。
そういうものから自由になると、自分が、自分が、っていうのがなくなってくるのかなって。微生物は数日とか数週間ごとに命が変わっていく早いサイクルですが、1匹じゃなにもできない。何世代か繰り返していくなかで化学変化を起こしてお酒をつくったり、味噌をつくったり、土を肥やしたりしてくれるんですよね。
人間はそれより長生きで、自分が何十年か生きて、次の世代にバトンタッチしていく。自分がどうかよりは、子どもたちの世代が楽しくできるようにするのが役割かなと思います。自分よりもまわりのことを考えていったほうが、よりまわりに対してお役に立つものもできてくるし。それはふだんお酒づくりをしていて、微生物がどんな気持ちかなって考えていると、世代が続いていくのがポイントなんだなって。

——次世代へつなぐという意識が高いのは、優さんのおかれた環境も大きな要因だと思います。先代当主23人へ思いをめぐらせることや、連綿と続いてきた歴史をひしひしと感じられる酒蔵を見ることだけでも、次に渡していくことが意識しやすくなるというか。
それが影響しているのかどうかわかりませんが、優さんって、全部同じ調子で話すのがおもしろいですよね。ご家族のこと、赤の他人のこと、微生物のこと、食べ物のこと、太陽のこと。みんな同じフィールドにのっている。ここにいる自分より、もっと引いた、宇宙的な視点というんでしょうか。

ただ見るということは、ほんとに大事だなと思います。善いとか悪いとかですぐに判断しがちじゃないですか。善玉菌・悪玉菌もそうですけど、なんでも優劣をつけちゃうみたいなね。そうじゃなくて、ただ見る。自分が客観的に、自分はこれを見てるなっていう意識のなかで実況中継する。そうすると、もっと意識が捉われないことになって、なにが本当に必要なことか、必要じゃないことかがわかりやすくなっていく。
自分の意識と思っているものもじつは体内の微生物の意識かもしれないし、もしかしたらもっと大きな、還っていく場所の意識かもしれない。生命が集まってる、宇宙のどこかにある意識かもしれない。どこかにあるその意識と自我と、波長を合わせて素直につながっていくことができたら、自分のなかも心地いいですし、ふつうの生活のなかでもうまくいっちゃうことが多くなるのかなって。それはべつに口外しなくても、自分で思ってればいいんじゃないかなと思うんですよ。それだけでも、もっと自由になれるのかなって。

(2013年初秋)

寺田 優(てらだ まさる)
無農薬の米を使って無添加で酒づくりをする寺田本家の第24代目当主。学生時代のバックパッカーに始まり、動物を撮影する動画のカメラマン、世界中の農業研修を経て、寺田本家に婿入りする。添加物入りの酒づくりからかつての自然酒づくりに立ち返り、寺田本家を大きく方向変換させた先代の遺志を継ぎつつ、寺田本家の地元である千葉県神崎町を活性化する「発酵の里プロジェクト」発起人を務めるなど、発酵の魅力を伝える使命を胸に活躍している。
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