糸島・海辺の手仕事料理店

“アダンソニア”という、ものさし

〜プロローグ〜

『アダンソニア』は、福岡県糸島市にある『くらすこと』のご近所さん。
店主の前田達也さんと妻のゆかりさんが、糸島産の食材を大切にしながら創作料理やお菓子を振舞っている。
色鮮やかなスープやサラダ、宝石のような果肉がのった焼き菓子。
一皿一皿のおいしさに、美しさに、ごちそうさまの後でも幸せな気分が続いていく——。

そんなアダンソニアには、彼らが時をかけて紡ぎ出した〝ものさし〟がある。
「お金は暮らしていけるだけあればいい」、
「子どもたちの一番の友達になる」、
「仕事が忙しくなりすぎて家族がバラバラになるくらいなら、店を辞めると決めている」
と夫婦の口からは、独自の価値観が次々と飛び出す。
彼らが醸し出すセンス、はっとする料理を生み出す秘訣や家族との向き合い方…。
そのどれもを知りたくなって、秋の糸島へ足を運んだ。

第1回

料理のものさし

〜自然や暮らしのリズムに寄り添いながら生み出すこと〜

空気がキリリと冷えてきた。真っ向の太陽が朗らかな温かみをくれる秋の入り口。こうべを垂れる黄金色の稲穂が一面に広がり、堂々と佇む山々を見れば思わず深呼吸。壮大な景色の中を走る電車は、まるでミニュチュアみたい。糸島にある『アダンソニア』に向かうまでは、ちょっとした遠足気分だった。ナビを頼りに車を走らせると見えてきたのは、小さな一軒家。朱色の瓦屋根に、ところどころ青色の瓦が混じっているのはご愛嬌。目の前には、空の色にも勝る真っ青な海がキラキラと光っている。

扉を開ければ、穏やかなピアノの旋律が聴こえてきた。天井に吊るされていたのは、ユーカリやミモザのドライフラワー。おもむろに転がった果実や野菜たちは、絵画にも見えてくる。柔らかな光が差し込むキッチンでは、料理を担当する前田達也さんとお菓子作りを担う前田ゆかりさんが軽やかに動き、どんな一皿が運ばれてくるのかと気持ちが高まる。

味は、探るからおいしくなる。

しばらくすると、柿のペーストをぽってりとのせたカボチャの冷製スープが静かに置かれた。濃い黄色と淡い黄色のコントラストが絶妙な一皿が並ぶと「わぁ、素敵!」、「やっと来れたね!」と歓喜の声が漂いはじめる。スープを口に運ぶ。かぼちゃの甘み全開の味を想像していたけれど、ほんのちょっぴり、本当にほんのちょっとだけ酸味を感じた。…ん?…なんだろう…?などと考えていると、もうひとさじと続けてお皿は空っぽに。

「味は探るから、楽しくておいしいのかなぁと思って。ちょっとした味のサプライズを考えています」と、達也さんは微笑む。基本的には素材の持ち味を大切にしているので、蒸したり焼いたり、ブイヨンを使わず水と塩だけでスープにしたりと〝引き算〟することが主な仕事。けれども〝ほんのちょっとの足し算〟をすると、さりげない驚きが起きる。ごぼうのサラダに使うごぼうは梅でさっと煮て下処理をしたり、トロトロに熟れた柿のソースには、生姜をちょっと入れてみたり…。ちなみに、この日のスープの隠し味に使われていたのは、ミニトマトなのだとか。かぼちゃの甘みの後に訪れた、ほのかな酸味とトマトが持つ独特の香り…なるほど!と答えを聞いて嬉しくなった。食べる人の予想を心地よく裏切ってくれる、そんな料理がアダンソニアの魅力のひとつなのだと思う。

小鹿田焼のコーヒーカップが教えてくれたこと。

コース料理も後半に入ると、店の顔とも言える手打ちのパスタがお目見えする。モチッとしていて弾力があって、ちゅるりと喉を通る。香り高いきのこのソースが手打ちならではの素朴な麺に上手に絡む。パスタをこねるのは、達也さんの日課だ。丸めた生地に上からぐっと力を入れると、ペストリーボードがみしっと揺れる。伸ばしてカットして…と黙々と作業する姿は、粘土遊びに夢中で我を忘れた子どものようだ。

「手を使う作業が楽しいんです。手も大事な道具のひとつというか。僕は民芸が好きで、民芸は工場で大量生産される工業製品とは違い、手作業が多いからムラがあるでしょ。この小鹿田焼(おんたやき)のコーヒーカップの柄は(側面の柄を差しながら)、毅然と並んでいるところと少しよれているところがあって、不思議とこれが愛おしいんです」と達也さん。「彼が作る料理も同じで、例えば夏に好評だった枝豆のスープは、滑らかなスープのなかに枝豆のツブツブが同時に味わえる。ひとつのお皿にいろんな食感や味があるから、ついまた食べたくなるというか…」と妻のゆかりさんは笑う。

今年の夏は、家族みんなで小鹿田焼の窯元を訪れたそうだ。「小鹿田皿山では、陶土に適した赤土が豊富にとれて綺麗な水が流れていて、小石原が近かったからこそ焼き物が伝わったんだと思います。さっき見せたコーヒーカップの柄は“トビカンナ”と言うのですが、もともとは古い柱時計のゼンマイのバネでつけていたそうです。そんな何気ない生活のアイデアにぐっときたし、そこから文化が生まれ芸術へと導かれた歴史や背景に感激してしまって」と、達也さん。
土地が持つ宝物を大切にすること、身の回りのモノにきちんと目を向けること。決しておごらず、自然や時のリズムに逆らわないこと。暮らしに寄り添いながら育むこと。達也さんの手に包まれている小鹿田焼のコーヒーカップは、そんなたおやかな感性を伝えてくれたのだろう。

「アダンソニアの料理もそういうものがお手本で、特別な食材を全国から取り寄せたりはしませんし、海が荒れた日には魚は手に入りませんが、全て受け入れながら満足してもらえるメニュー構成を考える。苦しい状況を嘆くのではなく、目の前にある食材をどうおいしく、楽しくできるかに力を注ぎたいんです。必要なのは、工夫とアイデアですよね!」とまた子どものような笑顔をみせてくれた。

そんな話を聞きながらふと思い出したのは、最初に食べたかぼちゃのスープのこと。真ん中には、赤い葉っぱがちょこんとのっていた。黄色のスープに赤い葉っぱ。銀杏と紅葉の色合いにも似て、秋の風景そのものだった。「あぁ、あれは紫蘇なんです。茎の近くに小さな葉を見つけ、飾りに使えるなと」。
あの一枚がのっているのといないのでは、印象がずいぶん変わるだろう。そんなちょっとした工夫が、彼が料理で昇華させたい“小鹿田焼が教えてくれたこと”なのではないかと、心が浮き立った。

アダンソニアの手仕事の代表、手打ちパスタの作り方

手打ちパスタの作り方 (材料 2人分)

(生地)
 小麦粉 … 卵の重量
 卵 … 2個
 塩 … 少々

【きのこソース】
フライパンにニンニク(1片)を入れてオリーブオイル(大さじ2)を注いで、香りが出てくるまでゆっくり加熱。香りがでたら鷹の爪(一本)を入れ、好みのきのこ(例えば、しめじ1パック、舞茸1パック、 椎茸2枚、マッシュルーム1パック程度)と塩(ひとつまみ)加えて、強火で水分を飛ばすように炒めます。水分が無くなったらボウルにあけ粗熱をとります。冷めたら鷹の爪を取り出して包丁かフードプロセッサーでみじん切りにして(少し粗めがオススメ)完成。

<作り方>

1.パスタ生地の材料を全て混ぜ合わせる。

2.1がまとまってきたら、手でこねる。生地がなめらかになってきたら丸めて、30分寝かせる。

3.2を綿棒で伸ばして、パスタマシーンで麺状にする。
(パスタマシーンがない場合は、包丁で長さ20センチ、厚み2ミリ、幅5ミリ程度にカットして麺状にする)

4.水に塩を入れ(塩分1%程度)沸騰させた鍋に3を入れて、約5分茹でる。

5.麺を茹でている間にフライパンにきのこソース(大さじ2)とパスタのゆで汁(大さじ2)を入れておく。

6.茹で上がった麺をそのままフライパンにうつしてソースを絡め、バター(大さじ2)を入れて混ぜ合わせる。

7.器に盛り付け、仕上げにスライスした生マッシュルームとお好みのチーズをかけ(この日はパルミジャーノ)、イタリアンパセリを散らす。仕上げに黒胡椒を振る。

写真 白木世志一
構成・文 ミキナオコ

これからの公開予定

第2回 素材のものさし(2018年11月2日公開)

野菜を余すことなくおいしく料理したい。にんじんの内側と外側を使った料理のレッスン。

第3回 お菓子のものさし(2018年11月9日公開)

第4回 家族のものさし(2018年11月16日公開)

アダンソニア

福岡県糸島市にある海辺の料理店。地元の食材を使った季節のコース料理が楽しめる。店の顔とも言える手打ちパスタと、フォトジェニックなデザートが人気。丁寧な手仕事にファンが多い。
〒819-1614 福岡県糸島市二丈浜窪396-1 Tel:092-325-2226
12:00〜17:00 (売り切れ次第終了) / 木、日曜休
*ランチ12:00〜、13:30〜、カフェ15:00〜で、共に予約制
http://adansonia.petit.cc