Restaurant Sardinas
レモングラスオイルができるまで<前編>
——その⾏程をたずねて
くらすことのオンラインショップで販売されているレストラン・サルディナスのレモングラスオイル。みなさんは⼝にしたことがあるでしょうか。
⼝に含むと、やわらかな⾹りがふわっと広がります。
ほんのひとくち、いつものお料理に加えると鮮やかに味わい深くなる、そんな調味料です。
瓶を⾒てみると、記されているのは「This oil goes well with any dish.」という⽂字。不思議なことに、サルディナスの調味オイルはお野菜やカルパッチョ、冷奴…と和・洋・中、さまざまなお料理に合うのです。
⼀体どんな場所で、どんな⼈たちの⼿で、レモングラスオイルはつくられているのでしょうか。オイルの味わい深さに惹かれ、その背景をたずねて。⾃然豊かな⼤分・耶⾺溪でレストラン・サルディナスを営む⾹内宏⽂さんにお話を伺いました。
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——レモングラスオイルは、何度も試作を重ねて⽣まれたそうですね。
サルディナスは、もともとはエスニック料理専⾨店だったんです。
夏のメニューで「ベトナム⾵冷やそば」というオリジナルの麺をつくることになったんですが、鶏がらでスープを取って「もうひとつコクが欲しいね」ということで、レモングラスと⽣姜とニンニクを⾹ばしくなるまで炒めて、オイルをつくって⼊れてみよう、それが最初です。
最終的にバイマックルーという葉を⼊れて、「この4種類だな」となったんですけれど、そのあとも⽣姜とニンニクのバランスや炒め⽅、どんな鍋を使うかなど、徐々に試作をしました。
——どんなきっかけから販売することになったのですか?
メニューのスープに⼊れて出したら、お客さんからたくさん反応がありました。オリジナルでつくったと話したら「売ってないんですか」と⾔われて、瓶詰めをつくってみたらすぐに売れたんです。
時間も⼿間もかかるので、そんなにたくさんはつくれなかったのですが、それでも6つ、8つと出すとすぐになくなって。
レモングラスオイルの加⼯場でお話をされる⾹内宏史さん。
以前はお店を営業しながら傍らでオイルをつくっていたのですが、とても好評だったので、今の場所へ移ってくるタイミング(※)で、レモングラスオイルをもっとたくさん販売していこうと決めました。それまでみたいに⾃分たちだけでは⼿が回らなくなったので、加⼯スタッフに⼊ってもらって今に⾄ります。
※⾹内さんご夫妻は、震災後の2011年に⼤分・耶⾺溪に移住。そこで「亜細亜⾷堂cago」を、2019年には住居だった隣町に店舗を移転し、営業形態を変え、店名を「レストラン・サルディナス」にへ変更しました。
その時、その⽇に⼀番⼤切なことを
加⼯品部⾨を展開していこうとした時、⾹内さんにはある⼈の姿が思い浮かびました。
「10年以上前からパプアニューギニア海産という会社の海⽼を⾷材に使わせていただいています。まだ直接お会いした事はないのですが、ホームページやFacebookなどからは(経営者の)武藤北⽃さんの考えが伝わってきて、その考えに共感する事も多々ありました。」
武藤さんの姿勢やその中で知った働き⽅が、販売を展開していく際のヒントになったそうです。
武藤北⽃さんの著作『⽣きる職場』。⼩さなエビ⼯場での、
⼈を縛らない働き⽅の試⾏錯誤を綴っています。
そのひとつが、⾃由出勤という働き⽅です。
⾹内さんは、武藤さんが「⾃由出勤を職場で取り⼊れたい」と発信した時から、どんな働き⽅なんだろうかと注⽬していました。そして「いつか⾃分の店でも」と思いつづけ、サルディナスで加⼯品部⾨をつくった時に取り⼊れることにしました。
——サルディナスで実践している⾃由出勤は、どんな働き⽅ですか。
⾃由出勤は、来たい時間に出勤して、帰りたい時間に帰っていいという働き⽅です。いつ来てもできる作業を僕が準備しておくんですね。短い時間しかいられない⼈は瓶のラベルシールを切るだけとか、⻑い時間いられる⼈は炒めをやってもらうとか。
ラベルシールを切って、貼る作業。シールは今も
プリンターから出⼒し、ひとつひとつカットしているのだそう。
——それは⾯⽩いですね!取り⼊れようと思ったのはどんなきっかけからですか?
耶⾺溪は、⼈があまり住んでいないところで。同世代の⼈も少ないし、学⽣のアルバイトが通えるような場所でもないんです。
ただ、同世代の⼈には、⼤体こどもがいます。集落の集まりがあったり、こどもが⾵邪をひいたときでも、仕事に縛られているという感覚ではなく、働く⼈にとって⼤事なことーいちばんは家のことだと思うのですがーが最優先されるような環境であったらいいなと思ったんですね。
いくつか仕事をしてたり、「この時間なら空いてる」といった⽥舎なりの⽣活スタイルが、⾃由出勤という形に合うんじゃないかな、と。
働きやすい環境を考えたときに、働く⼈が来たい時間に来れることが⼤事だと思いました。
レモングラスオイルの原材料をじっくり時間をかけて炒める。
炒める時間や使⽤する鍋も、さまざまな試⾏錯誤から今のかたちに。
——今、このスタイルで働いているのはどんな⽅ですか?
お⼦さんがいるお⺟さんと、もうひとりは、お⼦さんはいないんですけれど、⾞で2時間ぐらいのところに住んでいる⽅です。
その⼈は、旦那さんが林業をしていて、出勤する時は⼀緒に⾞で出てきます。それで旦那さんを降ろしてから、ここに来るんですね。だから、来る時間も帰る時間もまちまちです。林業なので、⾬が降ると「旦那さんの仕事がないからお休み」とか「⾬続きそうだから当分来れないです」ということもあります。
——そこが、その⼟地や働く⼈に合う働き⽅なんですね。
そうですね。⾃由出勤はもともとは、好きなときに<連絡なし>で出勤していい、という働き⽅なんですが「前もって連絡をした⽅が出勤しやすい」という意⾒があったので、今はスタッフから事前に連絡をもらってます。
ただ、家の急な⽤事やお⼦さんの都合の時は、気兼ねなく休んだり、出勤を遅らせたりできる空気感であることは⼼がけてますね。
⾃由出勤の利点は、働く⼈が、その時、その⽇に⼀番⼤切なことを⾃分の判断で優先してできることだと思っています。でも、当然、収⼊を得るためという事も⼤きな理由なので、休む⽤事がなければ、そのスタッフのスケジュールで出勤してくれます。
オイルの具材を調理するスタッフ。⾃由出勤を実践中。
——前もって、スタッフの出勤の予測ができないというのは⼤変ではないですか。⾹内さん⾃⾝はどんな⼼持ちでいるのかな、と思ってしまいます。
たとえば、⼈を雇うっていう⽴場になると、どうしても⾃分の常識を押し付けてしまうようなところが出てくると思うんですね。「こうでなきゃいけない」とか「来てあたりまえ」とか。仕事をしてもらった嬉しさまでもが管理的になってしまう。
でも、⾃由出勤だとそういうのがないんですよ。仕事に来てくれる時は、その仕事に対して⾃主的に向き合ってくれていると理解しています。
なので、「来てくれて、働いてくれて、ありがとう」っていう気持ちがすごく強くなるんですよね。そこが根本から覆されるところです。もしかしたら、それがすべてなのかな、と思いますね。
ただ、仕事の正確性という部分では、細やかな意⾒交換がないといけないので、そこはしっかりと伝えて、その上でスタッフの意⾒を聞くように努⼒しています。
それぞれが、得意なことを
お話が進んでいくうちに、加⼯スタッフの⽅だけでなく、まわりの⼈や環境を信頼する、そんな「姿勢のよさ」を⾹内さんから感じるようになりました。ここで少し、レストランから距離を広げて、お話をお聞きしてみることにします。
——オイルづくりでは、他にどんな⽅がかかわっていますか?
⽣姜の⽪を剥く作業は、今、近くの福祉施設の⽅にお願いしてます。6〜8キロ剥くんですけれども、スタッフが苦⼿で「どうにかならないかなぁ」と思っていたんです。
この近くに障がい者施設があるんですけれども、そこで業務委託の作業をしてるというのを発⾒して、⼀回、ダメもとで聞いてみたんですね。そしたら「できますよ」「地域の仕事ができるのはすごく嬉しい」と施設の⽅に仰っていただいて。スタッフもすごく喜びました。
——材料のレモングラスは、どうされているんでしょう。
もともとは、湯布院の農家さんに頼んでいました。ですが、去年の台⾵でその⽅のハウスが壊れて、⽣産量が半減してしまったんです。
それで他の⽅を探していたんですけれども、ずっとお店に通ってくれていた男性が仕事を辞めて、農業を始めたんです。その彼が今年、「本格的に耶⾺溪で家を借りて農家をやる」と聞いたので、「じゃあ、レモングラスをつくってくれないかな」と訊いたら「喜んでつくります」と⾔ってくれました。
レモングラスの⽣産をお願いしている吉⽥さんの畑。
「⾃然のサイクルにあまり⼿を加えない」という考えの元で育つ、
レモングラス。
そうやって若い農家さんに仕事を依頼できたのは、すごく嬉しかったですね。農家さんにとっては、僅かながら安定した収⼊源にもなりますし。
——そこは、安定した収⼊というところにつながるんですね。
そうなんです。耶⾺溪は、最近は移住する⼈は少なくなってるんですけれど、前は多かったんです。やっぱり「仕事をどうするか」というところなんですよ、⻑く定住できるかどうかというのは。
だから、仕事をつくっていけたらいいな、と思ったんです。要は、若い⼈たちに引っ越してきてもらいたい、という思いがあるんですね。
もっと⾯⽩いお店ができたら幸せだし、意⾒や思いが合うような⼈が近くにいるのはすごく⼼強いですし。
——耶⾺溪という場所で、さまざまなつながりを築かれているように感じます。
(笑)まぁ、ほんの⼀部ですけれど。
でも⼀部でも、その農家さんが、うちの仕事を請け負ってくれて、前よりも⽣活が安定するというのはすごく嬉しい。僕たちは農作物をつくることができないし、得意なところで、うまく組み合わせてできたらいいなって思いますよね。
サルディナスで販売している「ヤバスコ」の原材料となる唐⾟⼦の
⽣産も地元の農家さんにお願いしている。
こちらは、唐⾟⼦を育てる松崎さんの畑。
段々、「⾃分は何が得意なのか」がわかってきて、そこに⼒を向けようと思い始めたんです。
農家さんがいて、⾃分も農家をやって、いっしょにその話で盛り上がるよりも、農家さんは農家さんで、僕は僕で、得意なところをお互い持ち寄る。
僕はそこに⼒を注ぐ⽅がタイプなんだ、と思ったんです。そっちの⽅が楽しいかな、と。
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以前は、ご⾃⾝でも⽥んぼや畑をやっていたこともあるのだとか。でも、途中で向いていないことに気づき、「それぞれが、得意なことを」と思うようになったのだそうです。
さまざまな試⾏を経て、つくられてきたレモングラスオイル。
その過程には、耶⾺溪という⼟地で紡がれてきた素材や⼈と、時間をかけて出会ってきた⾹内さんの「楽しさ」への視線がありました。
後編では、その視線を辿りながら、サルディナスの今と、これからについてお聞きします。
構成・文:野上麻衣