取材・文 渡辺 尚子
写真 有賀 傑

今のわたしができるまで 第一回「なかしましほさん」前半

歳をとってもきっと、
お菓子のことをやっていると思う

充実した仕事をしているあの人も、輝く雰囲気をまとっているあの人も、
ゼロから突然いまいる場所に立っているわけではありません。
誰もがみんな、ときに迷いながら歩き続けて今のところにいる。
この連載では、私たち“くらすこと”がすてきだと思う方々に、
これまでの道、今、そしてこれからのことについて、お話を伺っていきます。

連載第1回にご登場いただくのは、
「ごはんとおやつ、雑貨の店 くらすこと」のフードディレクションをしてくださっていて
くらすことでのおやつ教室も開催してくれている料理家のなかしましほさん。
なかしまさんは東京西郊の国立市で、おやつの店「フードムード」を営んでいます。

食べたときに、おなかだけでなく、こころも満足できるようなおやつをめざして。
「フードムード」という店名の由来について、なかしまさんはそう記しています。
小麦粉と菜種油を使い、オーブンでじっくりと焼き上げられるクッキーは、
バターを使わなくても香ばしく、素朴な姿のなかに豊かな風味があります。

なかしまさんは、どうして「おなかもこころも満たすような」おやつを作るようになったのでしょう。
私たちが、好きなことを仕事にするには、どんなものさしが必要なのでしょう。

はじまりは、子ども時代にありました。

小学校低学年の頃、大事にしていた三冊の本があります。華やかなケーキが並ぶnon-noのケーキ本、初心者向けのお菓子の本、若い女の子向けのお菓子の雑誌。
「non-noのケーキ本は定価980円。30年前の当時は、クリスマスか誕生日にしか買ってもらえない値段なんですよね」と笑いながら、なかしまさんはページをめくります。デコレーションケーキやアップルパイ、スミレの花の砂糖漬けといった洒落たレシピも出ています。 「うちはオーブンがなくて、買ってもらえることを夢見てこの本を読んでいました。毎日寝る前に読んでは作った気持ちになって、作ってもいないのにレシピを暗記するほどでした。 こうして久しぶりに見ると、今つくっているものと全然変わりないな、と思います。盛りつけなんかは昔っぽいけれど、お菓子のレシピって変わらないんですよね」

どうしてそんなに夢中になったのでしょう。

「お菓子作りって、丸めたり蒸したり、どこか実験みたいなところがありますよね。それが楽しかったんです。 おやつって、自分のためにはあまり作らないですよね。作ったお菓子を家族が喜んでくれたり、中学生や高校生になるとクラスに持って行ったり、先生が喜んでくれたりすることが嬉しかったんです」 とはいえ、その頃はまだ、お菓子作りが自分の生業になるとは考えていませんでした。

二十代。食べものと体の大切な関係に気づいて。

二十代になったなかしまさんは、レコード会社や出版社で働きはじめます。
お菓子作りのページの編集を担当したこともきっかけとなって、
二十代半ばには、もっと料理と関わっていきたいと考えるようになりました。

「けれどもその頃は家でお菓子作りをすることもなく、ごはんも家でほとんど作ることがなくて。
人って、どこか余裕がないとお菓子作りはできないでしょう」

転職先は、下北沢にあったベトナム料理店でした。
4年近く勤めたそこは、かなりハードな勤務態勢。はじめの頃は朝9時に店に入って仕込みをし、
夕方から夜中の2時頃まで店を開けて。
片付けを終えて朝の4時くらいに帰ってくると、新聞配達の人とすれ違う、そんな毎日。

「そのお店には賄いがなかったので、近くのファストフードやコンビニで買ってきてもらったものをしゃがんで食べていました。
二十代後半だったからなんとかやれていたし、何とも思わなかった。
でも案の定、体が壊れてしまって。
薬では症状があまりよくならなくて、色々と調べていくうちに、食べるものを変えないとだめだと思って、
ナチュラル系レストランで働きはじめたんです」

その頃出合ったのが、北山耕平さんの『自然のレッスン』という本でした。
「これからどういう風に生きるか、何を食べるか、いろいろ迷っているとき、この本に励まされました。そして、やがて『体にいいから、食べる』のではなく、美味しく食べて、結果的に体にあまり負担がない、というのがいいな、と思うようになったんです。今は、ここに書かれていることがすべてではないと思うけれど、でもね、ここが好きだったんです」
となかしまさんが示したのは69ページ、「セブン・ベーシック・フーズ」の項。

セブン・ベーシック・フーズ 基本的な食べもの

一、全粒穀物(ホール・グレイン)で、宇宙の力を。
二、緑や黄いろの野菜で、太陽の力を。
三、茎や根菜類で、月の力を。
四、豆類で、大地(アース)の力を。
五、海産物で、海の力を。
六、種子や木の実(ナッツ)類で、火の力を。
七、果実類で、星の力を。

(北山耕平『自然のレッスン』太田出版刊より)

おやつ作りは、続けていても「嫌じゃなかった」から。 

食べものが、体をつくる。そのことに気づいたなかしまさんは、
ナチュラル系レストランを辞めて、音楽イベントでケータリングをするようになります。
30歳になっていました。

「当時、夫(デザイナーでイラストレーターの中島基文さん)が音楽雑誌のデザインをやっていたつながりから、
新宿のクラブハウスのイベントでケータリングをさせてもらいました。
玄米のおにぎりとか豚汁とかを安い値段で売るんです。

使命感に燃えていたんですよ。ああいうイベントって、入場料に2000~3000円とられるので、
若い子はファストフードで食事を済ませてくるんですね。
若い子ほどいいものを食べてほしい、クラブでもおいしくて体に負担のないものがあればいいなと」

同時に始めたのが、バターを使わないお菓子のケータリング。
「フードムード」のスタートでした。まだ屋号はついていなかったけれど。

「ひとりで何かをしていくことに決めたのですが、正直なところレストランを始めるお金も勇気もなくて。
お菓子だったら、通販みたいな形で小さく始められるかなと思ったんです。

自分が体を壊したことをきっかけにバターを使わないお菓子を作り始めてはいたのですが、まだ形にはなっていなかった。
それでも、これが完成すればアレルギーのある自分の家族にも食べてもらえるし、きっと喜んでもらえる、と思ったんです。
それに、バターのお菓子は作るのも食べるのも好きなんですが、
毎日それが続くと、ちょっと匂いに気持ち悪くなってしまって。
でも菜種油のお菓子はそれがなかったんです。だから始めたんです。

私はどちらかというと飽きっぽい性格なのですが、菜種油のお菓子作りだけは、
どんなにやっても嫌じゃなかったので、歳をとってもきっとやっていくんだろうなと思っています」

理解者は、家族です。

自分の進むべき道を見つけたなかしまさんですが、
それで安泰というわけにはいきませんでした。

「夫は仕事にも厳しくて、その頃のわたしを見て、本気でやっているように見えないと。
『趣味程度なら、もうやめて他の定職についてほしい』と言われました。
悔しくて、夢中で進みました。

覚悟が決まったのは、保健所で飲食扱いの許可を取ったときですね。
自分の作った食べものを売りたいという人は多いのですが、保健所の許可をとるところまでやる人と、とらない人の差は大きい。
保健所の許可って、自宅の台所で作っていては下りないんです。
他に場所が必要。つまり、経済的な面も含めて、そこまでしてやっていく意志が本人にあるか。

夫は心配していましたが、『どうしてもやりたい』と二世帯住居タイプの場所を借りておやつの通販を始めたんです」

こうしてアトリエは構えたものの、安定して家賃を支払えるほどにはなりません。
アルバイトをしながらなんとか維持していきました。

「そのうち注文が増えて、今度は、今までとは違うしんどさが生まれてきました。
作っても作っても追いつかないんです。
ひとりの仕事に限界を感じ始めていました。
このままでは、おやつをほしいと言ってくれる人に作ってあげられない。
かといってスタッフを雇うとすると、他の人の作ったものに自分自身が満足できない。
どうしていいかわからなくて苦しくて。
そんなときに姉が、『一緒に場所を借りよう』と言ってくれました」

姉とは、手芸家の三國万里子さんです。
「『私は編み物教室をするから、しほはお菓子を作ればいいよ』って言ってくれて。ひとりで借りるには高すぎる家賃の、半分以上を姉が出してくれたんです。

姉は一年ほどしたらそこを離れるんですけれど、
その頃までには私もスタッフを入れてお菓子を教えるようになり、
気持ちの整理がついた。それが大きかったですね」

一つ違いの万里子さんとは、子どもの頃は大げんかもしょっちゅう。
上京して一緒に暮らしていたときも、部屋に鍵をかけて「私の服、勝手に着ないでよ!」なんてけんかしたり。

それでも23歳になり、のちにご主人となる基文さんと同居を始め、
万里子さんと離れて暮らし始めると、姉妹の関係はゆるやかに変化していきました。悩みがあると真っ先に万里子さんに相談します。近況を確かめあいます。

「姉は、誰よりも尊敬できる人ですね。
離れて暮らしてみて初めて、歳が近くて自分を理解してくれる相手だったことに気づきました。
私は友達がとても少なくて、でもそのことをあまり気にしていないんです。それは、姉がいるから。姉がいて、夫がいたら、とくにいらないと思っちゃっているんです」

好きなことは、たったひとつでいい。

何かを作る仕事を始めたい。
なかしまさんは最近よく、そんな相談を受けるそうです。

「たとえば『ものづくりをしたい、でも何をしたらいいかわからない』というような。
それって漠然としすぎているし、そもそも焦って決められるものではないだろうと思うんです。
たまたま私は30歳の頃にタイミングが合って、続けられるものに出合ったけれど、
もっと若く出合う人もいるし、出合わない人もいる。
まずは動いてみて、嫌じゃなければちょっと長くそこで続けてみる。
そうすることで、いろいろ気づいたりしますよね。

でも、そもそもものづくりってなんだろう、とも思うんです。
誰だって何かを作っているんじゃないでしょうか。
ご飯作りだって、子育てだってそう。
主婦とは、お母さんとは、本当にすごいと私は思っています」

それでも何かがしたい。もっと何かできるんじゃないか。
誰もが迷いながら生きています。
道を見失いそうになったとき、その人を照らしてくれるのは「これだけは好き」というささやかなもの。

「好きなものって、ひとつだけなら、どんな人もあるんじゃないでしょうか。
私は全然趣味はないけれど、お菓子だけは子どもの頃から好きだった。

小さい頃に好きだったものって、シンプルだと思います。
大人になるといろいろなものから影響を受けて、本当に好きなのかもわからなくなるけれど、
子どもの頃に好きになるものは、誰かに言われたわけではなく、ただ好きでしょう」

そこに、先を照らす光がともっているのかもしれません。
その人だけが知っていて、目をこらして見つけるしかない、
あえかで、けれども消えることのない光です。

後半へつづく

お話を聞くひと

なかしましほさん
東京都・国立市にあるおやつの店foodmood店主/料理家。乳製品を使わず、菜種油でつくる「ごはんのようなおやつ」を提案。書籍や雑誌などで、おやつやごはんのレシピを多数提案、「ごはんとおやつ、雑貨の店 くらすこと」では、フードディレクションや、「foodmood のおやつ教室」を開催してくださっています。著書多数。
foodmood.jp

なかしましほさんの本

『もっちりシフォンさっくりクッキーどっしりケーキ』

¥1,300(税抜)
なかしましほさんの初のレシピ集です。甘さを控えて素材のおいしさを引きだした、毎日食べたい“ごはん”のようなおやつ。アースケーキのレシピも載っています。

『まいにち食べたい ごはんのようなクッキーとビスケットの本』

¥1,200(税抜)
「foodmood(フードムード)」のなかしましほさんのお菓子のなかでも、とくに人気の焼き菓子のレシピ集。ボウルの中で手で混ぜるだけ、バターや生クリームなしで、驚くほどおいしいクッキーに。

『まいにち食べたい ごはんのようなシフォンケーキの本』

¥1,200(税抜)
「基本のシフォンケーキ」では、豆乳、レモン、チョコレート、バナナを詳細なプロセスで紹介。シフォン生地でつくるロールケーキやカステラなど、楽しい応用編も満載。

『まいにち食べたい ごはんのようなケーキとマフィンの本』

¥1,200(税抜)
マフィン、スコーン、ケーキ、タルト、パイがテーマの「ごはんのようなおやつ」シリーズ第3弾。基本のマフィン、基本のスコーンの後は、果物や野菜を使っての応用も。

『まいにち食べたい ごはんのようなクッキーとクラッカーの本』

¥1,200(税抜)
シリーズ第4弾は、クッキー、クラッカー、ビスケット、サブレ、ガレットなどの焼き菓子レシピが満載。全工程が写真つきで、「クッキー作りの『困った!』相談室」も大きな参考になります。

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