どいちなつさんの、
暮らすことに一生懸命な
島での日々

「こころとからだにやさしいごはん」をテーマに活動している料理家のどいちなつさん。
どいさんのごはんを食べると、心がほっとして、体に力がわいてきます。
東京から故郷の淡路島に移り住んで2年経ち、仕事や生活はどのように変わったのでしょうか。
どいさんの淡路島での暮らしぶりをお伺いしてきました。

構成・文 太田明日香
写真 茂木綾子

インタビュー
1、東京から淡路島に移住して

——淡路島にはどういうきっかけで戻ってこられたんですか?

どい 東日本大震災がきっかけです。前からどこか自然が豊かなところに移住したいという気持ちはあったのだけど、もう少し先かなと思っていました。それが、震災のときに一時避難で一週間くらい島に帰ってきたことがあったんですが、そのときに妙な安心感があって、いいなと思ったのです。
 淡路島は故郷なんですが、自分が無条件に守られる場だということを感じましたし、育った環境が変わらずにあるってありがたいことだなと思いました。

——淡路島に帰ってきて何か変わったと思うことはありますか?

どい 私が住んでいた頃の淡路島とはずいぶんと変わったんじゃないかなと思います。一度島の外に出て、再び戻ってくる人たちが増えているとよく聞きますし、最近では若い世代の移住者がとっても多いと思います。有機栽培や自然農などの農法を学んで田畑を耕して作物を育てる人や、お店や人が集う場を作る人、田舎で自分の生業を作って暮らしたいと思っている人が、この小さな島にもたくさんいて、みんなアクティブで個性的でとても生き生きしています。そして、田舎が退屈ではなくなっている自分もいたり。
 それとは別に、私が住んでいたのは高校生までだったので、当時の行動範囲といえば自転車で行けるくらいの距離でした。だから、周りは田んぼばかりで、食べに行ったり遊びに出かけたりするところが全然ないと思ってました。今もそれほど変わっていない部分もあるのだけど、自分も含めて何もないのをよしとする人が増えているのかなあと思います。
私にとっては今ここでの暮らしの方がほんとうだなって思います。

——「今の暮らしの方がほんとう」というのは、具体的にはどういうことですか?

どい 洗濯や掃除で一日が終わって、暮らすことに一生懸命になれるところですかね。
 東京でも同じように家事をして暮らしていたので、違いがないように見えるかもしれませんが、島にいると田畑があるから自分で食べ物を作ってみようという気になったり、むしろやらなきゃいけないと感じることがあります。お金を稼いでものを買って、豊かさを得るんじゃなくて、自分で豊かさを作って、そこでふんばって生きていきたいと思うようになりました。
 豊かさにもいろんな捉え方があって、私が思うのはお金を出しておいしいものを食べるとかではなくて、みそ汁とごはんで十分だと思えること。それがすごい豊かだと思うんですよ。もちろん、都会と比べるとお店が遠かったり少なかったりするし、ものも揃ってないけど、ご近所の方から旬の野菜や山菜をたくさんいただいたり、ありがたいなと思うことも多々あります。
 それから、朝一番の日の出が見られて、海に沈む夕日が眺められる時間とか。私にとっては、当たり前にそういうことができる環境がなによりも豊かで贅沢なことなんです。

2、豊かさの深みに気づく

——関係あるかわかりませんが、このあいだ地元のおじいちゃんとしゃべっていたときに、町の直売所の前に、一面菜の花が咲くすごくきれいな畑があって、そのことを話題にしたら、「そんなのあったかな?」と言われて、驚きました。ずっと同じところに長いこといると当たり前すぎて、ありがたさに気づかないのかな。

どい そうですね。高校生くらいのときは私もそうだったのかもしれません。一面が薄紫に染まるレンゲ畑をきれいだなって思ってもそれほど感動してなかったように思います。たぶんそのおじいちゃんと同じで、当たり前すぎてね。島の外に出て自然と離れ、都会暮らしを経験したおかげで、豊かさに気づくことができたのかなと思いますね。
 「豊かさってどういうことだと思いますか」という質問をされることが多くて、前はにおいの話をしました。よく晴れた春の日に、車で近くの山へ出かけました。山間の細い道には葉っぱがいっぱい落ちていました。少し進むとそこには何かの花が咲いたあとで、花粉がいっぱい積もっていたんです。その黄色く色づいた花粉の道を通ったら、すごくいいにおいがして、またさらに山の奥に入っていったら、別の葉っぱのにおいがしたりして。そして山を抜けると今度は牛舎の香ばしいにおいが。そういう自然の色々なにおいがあるのがいいなと思って。こうやって、さまざまなにおいを感じられるのも豊かさの一つだなと思いました。

——そういう気づけなかった豊かさに気づけるようになった理由は何だと思いますか?

どい 年をとったのかな。それから、島に戻ってきたことで、これまでの自分を振り返って、自分の気持ちを整理したこともあると思います。自分の好きなことや苦手なことを。そして、自然のサイクルの中で、なるべく穏やかに暮らしていけたらと思っています。もちろんカリカリしたりすることもありますけど(笑)。

——カリカリしてるのってどんなときですか?

どい 子どものことが理由になることもあるし、今は両親と同居していて、時間になれば食事の支度をしないといけないことがストレスに感じることもあります。
 故郷に戻って、育った場所に住んでいる安心感も抱きつつ、でも長く離れていたなかで自分のくらしを築いてきて、ちょっと不自由な面も感じたりしています。カリカリするのは嫌ですね、疲れちゃうから。なるべくならいい加減に力を抜いてカリカリしないように過ごしたいものです。

3、料理から生まれる人とのつながり

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——どいさんは食を仕事にしていますが、実際に畑とか土をさわって、何かやるような生活になって、何か変化はありましたか?

どい 都会では、有機栽培や自然食品を扱うお店がいくつもあるのでいろんなものが揃います。でも、島にはそういうお店は一店舗しかなくて日常的に行くには、家からはちょっと距離があります。
 だからふだん使うものは、近所の食料品店で売っているものや、両親が育てている野菜、近所からいただくものだったりします。農薬がかかっている場合ももちろんあるのですが、それを全部避けたり拒否したりするのはどうかなって。
 できたら農薬がかかってない方がいいけど、それを今のくらしのなかで手に入れるのは難しかったりします。選べるなら選びたいけど、そういう環境じゃないなら、やってくるものをムダにしないで感謝して食べたいなと思うようになりました。

——食べるのは栄養だけじゃないですもんね。食べさせたいと思って持ってきてくれた、その人の気持ちも大切にしたいですもんね。

どい 生きているなかで食のウエイトって大きいと思うんですよ。ちょっと食べないだけでもすぐへろへろになっちゃう。それに、家族全員が揃うごはんの時間はコミュニケーションの場です。会話が少なくったって、疲れてそうだな、とか、今日はなにか良いことがあったのかなって、家族の様子を互いに知ることもできるし、どうってことのない些細な話だって、ごはんと一緒に体や心を作る大きな力となっていると思います。だから、毎日のごはんは大切にと心がけています。

——ノマド村で料理教室をしているということですが、どんな雰囲気ですか?

どい 始めてもうすぐ2年になります。春夏秋冬と4シーズンで、一つの季節に3〜4日くらい開いています。1回の教室は10〜12人くらい。島内から参加される方、四国や京阪神、関東から来てくださる方もいます。最初にみんなで自己紹介をして、それから一緒に料理を作ってごはんを食べるんです。参加される方によって毎回全然ちがう雰囲気になるのがおもしろいです。
 参加されるみなさんは育児や介護、家事やお仕事に追われて、ふだんからお忙しくされてる方が多いです。山間にある廃校を利用したカフェのノマド村は、静かで居心地が良く、日常から離れることでリセットできるみたいですね。
 参加するみなさんにとっては家を出発するところから料理教室は始まっていて、気合いを入れていらっしゃる方もいます。だけど私がピーラーを使って皮むきをしているのを見て、ちょっと気持ちがほどけたとおっしゃる人もいたり。
 それから、みんなで食べるとすごいおいしく感じますね。それはその場を囲むみんなの良いバイブレーションのおかげだと思います。

——移住してからのつながりはどんなものがありますか?

どい ノマド村の近くで年に2回、はらっぱマーケットという、移住者の若い人たちを中心に農産物やパン屋お菓子などの食べ物、それから陶器などの手づくりのものを販売するマルシェがあって、私もそこに出店しています。はらっぱマーケットの他にも、ちょこちょこと出店することがありますけど、友だちに会ったり、新しい出会いが広がったりして、毎回とてもわくわくする楽しい時間です。

料理レシピ  
ここで料理教室「季節の台所」でのレシピをいくつか紹介します。

玄米おにぎり

材料(8個分)
玄米 2合
水 2合と2/3合
塩 少々

作り方
1 玄米を研ぎ、ひと晩水につけておく。
2 圧力鍋で玄米を炊く。圧力鍋に1と水、塩を入れ蓋をして強火にかける。ピンが立ったら1分待ち、弱火にして20分、その後火を止め圧が落ち着くまで蒸らす。
3 炊きあがった2は全体に混ぜる。手を水で濡らし、指先2本に塩をつけて両手のひらになじませる。ごはんを取り手のひらにのせ、米粒をつぶさないようやさしく好みの形ににぎる。

ポイント 圧力鍋の種類や米の量によって炊き加減は調整が必要です。刻んだ香菜と桜えびを混ぜて作ったおにぎりもおいしいです。

トマトと夏野菜のカポナータ

材料(4人分)
トマト 2個
トマトピューレ 200cc
(作り方は下のレシピを参考にしてください)
なす 1本
ズッキーニ 1本
ピーマン 1個
たまねぎ 1個
にんにく 1かけ
酢 大さじ4
てん菜糖 大さじ5
塩 少々
オリーブオイル 大さじ6

作り方
1 トマトはへたを取って一口大に切る。なすはへたを取り、一口大の乱切りにして水にはなしてアクを取る。ズッキーニは1.5cmの輪切りに、ピーマンは軸と種を取りのぞき6〜8等分に切り、たまねぎは軸を取って縦に6等分に切る、にんにくはみじん切りにする。
2 深めのフライパンにオリーブオイル(大さじ4)となすを入れて弱火にかける。なすに油がなじみ、しんなりとしたら、ズッキーニ、ピーマン、たまねぎ、にんにくとオリーブオイル(大さじ2)を合わせて炒める。
3 2にトマト、トマトピューレ、酢とてん菜糖を合わせてふたをして5分ほど中火で煮込み、塩で味を調える。

トマトピューレの作り方

材料(出来上がりおよそ200cc)
トマト 4個

作り方
1 トマトに十字に切り目を入れて、熱湯にくぐらせる。皮がめくれはじめたら冷水にとって皮をむき、へた取って、適当な大きさに切る。
2 1はホーローの鍋に入れて火にかける。ふつふつと煮立ったら弱火にして30分を目安に焦げ付かないよう、木べらで混ぜながら煮込む。
3 2は裏ごしをして種を取り除く。

ポイント トマトピューレ(200cc)に白ワイン(大さじ2)とてん菜糖(大さじ1と1/2)を合わせて中火にかけ、アクを取り、木べらでさらに1/2量になるまで煮込んで、塩こしょうで味を調えると、トマトケチャップが作れます。

揚げかぼちゃのハーブマリネ

材料(4人分)
かぼちゃ 1/4切れ(400g)
にんにく 1かけ
ローズマリー 2本
オリーブオイル 100cc
酢 50cc
はちみつ 小さじ4
黒こしょう 少々
揚げ油 適量

作り方
1 スライスしたにんにくとローズマリー、オリーブオイルを合わせて弱火にかける。香りが十分に出たら火を止めて、にんにくとローズマリーを取り出す。オリーブオイルのあら熱が取れたら、酢とはちみつを加えて泡立器で混ぜながら弱火にかけ、沸騰する前に火を止める。 
2 かぼちゃは軸を取り、スプーンで種をくり抜いて、8mmの厚さにスライスする。
3 中温に熱した揚げ油で2を揚げる。
4 器に3を並べ、温かいうちに1をまわしかけ黒こしょうをちらす。しばらく寝かせると味が馴染んでおいしい。

takibi『焚火かこんで、ごはんかこんで』どいちなつ、サウダージ・ブックス、2013年、1500円(税別)
「焚火をかこんで、そのあとに食べるごはん」をテーマにした、エッセイ&レシピ集。
どいさんの優しくも力強い言葉と、シンプルなレシピからは、誰かとごはんを食べる喜びや火のあたたかさが感じられます。淡路島での写真もふんだんに使った、「食べることのはじまり」に迫る一冊です。
オンラインストアで購入

travellingtree『travelling tree』茂木綾子、赤々舎、2013年、4000円(税別)
ノマド村に暮らしながらカフェも運営するフォトグラファーの茂木綾子さんの写真集。
淡路島に移住する前に住んでいたヨーロッパで、12年にわたって撮りためられた写真の中から、サーカスワゴンやゲルでのくらしぶり、家族の一瞬の表情、移ろいゆく風景など、選りすぐりを集めた一冊です。

どいちなつ
「こころとからだにやさしいごはん」をテーマにごはんを作る料理家。ノマド村で料理教室「季節の台所」を開いたり、全国各地で料理に関するワークショップを開催。著書に『焚火かこんで、ごはんかこんで』(サウダージ・ブックス、2013年)など。

写真 茂木綾子
写真家、映像作家。1997年よりヨーロッパに移住し、スイスでのアートプロジェクト「Laboratoire Village Nomade」の企画、運営に携わる。
2009年に淡路島に移住し、ヴェルナー・ペンツェル、南野佳英らと廃校を利用したカフェ&コミュニティ・スペース「ノマド村」を立ち上げる。ノマド村
構成・文 太田明日香
フリーランス編集者。淡路島出身。オオタ編集室。著書に『福祉施設発!こんなにかわいい雑貨本』(伊藤幸子と共著、西日本出版社、2013年)。

どいちなつさんのくらしぶり

どいちなつさんは料理家のほかに、
一家の主婦という顔も持っています。
仕事をしながら家事や子育てをこなす忙しい毎日の中で、
どんなふうに自分らしく楽しみを見出しているのでしょうか。
ふだんの淡路島でのくらし方を紹介します。

どいちなつさんのくらしぶり