今のわたしができるまで
第三回「Float 牧野秀美さん」後編

1つ手放したら、ブレイクスルーが待っていた

「産後のママが楽しく使えるものがあったらいいな」、そんな気持ちから始まったギフトのアイデアはどんどん膨らんでいきました。
さあこれを実現するためには?
牧野さんは薬事法を通し、工場生産に踏み切る決意をします。

退院時に贈られるギフトセットの中のクリームローションは、レモンマートルをブレンドしたレモン調の香り。「子どもがいい匂い! という香りがいいと思って」

お母さんと赤ちゃんが一緒に使えるプロダクト

「退院するときに贈るギフトをつくってみたい」とクリニックに相談してみると、「牧野さんが開発した製品なら安心して提供できる」とすぐにゴーサインが。
贈る相手が明確だったから、コンセプトもすぐに固まりました。

「産後のママと赤ちゃんも一緒に使えること」。

このときに生まれたのが、ハンドメイドソープ、クリームローション、ハンド&ボディソープ。このギフトセットはやがてお母さんたち皆が楽しみにするクリニックの“名物”になりました。

そして、お母さんと赤ちゃんが安心して使えるということは、万人が安心して使えるということ。このラインナップは「Naturalシリーズ」として、今も変わらぬ処方でFloat のプロダクトの中核を担っています。

ハンドメイドソープ「ゼラニウム&チェリーリーフ」。ピンククレイが入っているので、ほんのり桜色。

商品開発がスタートすると、今までとは違った忙しさが訪れました。精油についてさらに知識を増やすことも必要で、パッケージデザインを考え、工場との交渉も重ねなければなりません。
忙しさのピークを迎えたのは、娘たちが小1、中1とダブル一年生になった年。それから3年間の記憶がない、と牧野さんはいいます。

仕事場では出荷作業も。出番を待つヘアオイル。

ギフトとして開発したプロダクトが完成すると、県内で扱ってくれる店舗も増え始め、商品の発送量はやがて最初の5倍に。その頃から仕事に打ち込むほど、家族にかける時間が取れないというジレンマを感じるようになりました。

部活の朝練のため6時代に家を出る長女にお弁当を作り、学校へ行きたくないという次女の登校に付き添う毎日。いつも寝不足で、ご主人との会話も減っていきました。気づくと、家の中の空気はずいぶんとトゲトゲしいものになってしまっていたのです。

柱のメモは、商品名をつけるために「きれいな日本語」を探していたときのもの。

12年間、がんばったから手放そう

「主人はずっと応援してくれていたんです。『お前がやりたいことなら、やればいいがん』、それがこんな毎日が続いて、いったいどこまでやるつもりなのか、と。『ほんとは、俺の嫁で、子どもたちのお母さんでおってくれたらいい。それで十分だと思っている』という言葉を聞いたときに、私やりすぎたな、と。何かを手放すしかないと思いました」

窓を開けると蝉の声が部屋いっぱいに広がった。

気がつけばクリニックの仕事を始めて12年がたっていました。
「時計の針が一周したみたいに。そうしたら今度は人に任せてみようと思えたんです」
子連れ留学したとき、2歳だった長女も高校生になろうとしていました。

そこで当時、講師をしていたスクールに通ってきていた生徒さんで、以前クリニックで施術したお母さんでもある方に声をかけてみると、二つ返事で引き受けてくれることになったのです。
「一つ手放してみたら、すごく楽になりました。任せてみようと思ったら、いいタイミングで仲間が手伝ってくれることにもなったし」

これまでクリニックで働きながら、たくさんの本を読み、インストラクターやセラピストの資格も取得してきました。そうして身につけた知識や技術は、すぐに現場で生かしてきました。
「クリニックで体験できたことは大きかった。マッサージでお母さんたちの表情が柔らかくなっていくのも見てきたし、製品作りに踏み切れたのも、使ってもらえる人の顔がすぐ見える環境にいたからこそ」

26歳で飛び込んで以来、30代をこの場所で過ごしてきました。次女の出産もここで。
「長くおつきあいさせてもらって感謝しています」

アロマセラピストとして、産後のお母さんと赤ちゃんのために、考えられるすべてを出し切った。そう思えたとき、牧野さんは原点となった場所を卒業することになったのです。

森と私とシリーズ。鳥取の森でとれたヒノキと黒文字の精油を使用。

鳥取の森から、全国へ

クリニックを卒業してみると、これまで目に入ってこなかった世界が、身近に広がっていたのに気がつきました。地元・鳥取の森で採取したヒノキや黒文字の精油との出会いがそれです。

「植物も自生のものですし、この辺りはお水もきれい。そのお水で蒸留しているから、そのままでとても魅力的な精油なんです」。

それを使って、「森にいるような感覚を味わってもらえたら」と作り始めたのが、ヒノキシリーズ。
「鳥取を知ってもらうために、私にできることってなんだろうと考えたときに、せっかくここで生まれ育っているのだから、この土地の心地よさを伝えるアイテムがあればと」

仕事場の窓から見えるのは一面の緑。小さな頃から身近だった豊かな里山の風景。

香りに身を委ねて、森にいるような感覚を味わってもらえたら。自然の中で自分を感じられて、解き放たれたらいいな。
名前は「森と私と」。詩的なネーミングはいくつも紙に書き出して決めたもの。パッケージは友人でもある県内在住のイラストレーター、杉本さなえさんにお願いしました。こうして材料、香り、パッケージデザイン、トータルでFloatの新たな世界観を表すシリーズが完成したのです。

今もひとつひとつパッケージングするのは変わらない。

牧野さんはよく「解放」という言葉を使います。
「香りは心を解放させてくれるもの。だから屋号も“float(漂う)”ってつけたんです」

都会にいても、どんなに忙しくても、香りにたゆたい、自分を自然の中に解き放つ時間を持ってほしい。そうした牧野さんの思いが通じたように、東京の大きなライフスタイルショップから取引の依頼があったのは、「森と私と」が完成して間もなくのこと。念願でもあった県外へのブレイクスルー。ひょっとしたら鳥取の森の精の後押しがあったのかもしれません。

余った木で作った小さなおうち。小学生の娘さん作。

フロートがなくなったら寂しい

アトリエの窓からは丘の上を走っていく電車が見える。
「ここから発送したものが、各地のお店に並んでいると思うと、不思議な感じですけどね」

販路が全国に広がった今も、アイテムの開発に関しては一人。週に何度かアルバイトの方が来てくれるけれど、基本的に一人で発送まで見送るスタンスはそのまま。工場生産のものは、ラベルにチェックを入れたり、何かしら手の跡を残すようにしているそう。

出荷のときにはクリスタルチューナーを使う。「いってらっしゃい」、「手にとってもらえますように」の気持ちを込めて。「おまじないのようなものです」。

「発送まで2週間くらい待ってもらうのが申し訳ないけれど、今は仕方がないと思ったら、ちょっと楽になりました」

今日の仕事はここまで、帰ってご飯を作る、そういう時間が今の自分には必要だから、といいます。
そう思えるようになるまでは、しんどい思いもしたけれど、すごくがんばった時期があるから今があると思える、といいます。それに家族の応援もあったから、と。

家族旅行で奈良へ。ふらりと立ち寄ったカフェで。

お隣、島根県にある世界遺産・石見銀山にて。

「すごく疲れてしまったときに、もうママ、仕事全部やめようかなと弱音を吐いたら、『ママは仕事してる方がいいし、フロートがなくなったらさびしい』、と言ってくれたんです、二人とも。じゃあがんばろうかなと」

17時の音楽「夕焼け小焼け」が鳴ると、仕事場を閉め、家路に着く。大山を左に見ながら車を走らせる。反対側には海がオレンジの日差しを浴びてキラキラしている。

山と海の間の道を走りながら、牧野さんは自分自身を感じているみたいに見えた。今はひょっとしたら“Floatの牧野さん”とお母さんの間にいるのかも。

家に着いたら、夕焼けをちょっと見上げて、それからドアを開けるでしょう。新鮮な外気と芳しいアロマの香りを漂わせて「ただいま!」。「おかえり!」という声は皆、その香りが帰ってくるのを、ずっと待っていたに違いありません。

第二部 「くらしのひと匙」へ

26歳

2歳3ヶ月の長女を連れてニュージーランドへ留学。アロマセラピーの学校で学ぶ。

帰国後、鳥取県米子市のミオ・ファティリティ・クリニックへ。産後のお母さんへのアロママッサージを12年間担当。

2006年

次女を出産。

34歳

クリニックの退院時にお母さんたちに贈るギフトセットを企画、開発。
県内の店舗でも取り扱いが始まる。

36歳

長女が中学校1年生、次女が小学校1年生に。
販路が広がり、出荷量は当初の5倍に。

37歳

商品開発、パッケージング、梱包、出荷をすべて一人でこなしながら、クリニックでの施術も続ける。忙しさのピークに。

38歳

クリニックでの施術から退き、セラピスト仲間に任せる。

県内に自生するヒノキ、クロモジの精油を使った「森と私と」シリーズを発売。

39歳

東京のライフスタイルショップをはじめ、くらすことでも取り扱いスタート。
家から車で30分の場所に仕事場を持ち、仕事と家庭を切り替えるように。

現在

仕事は17時まで。さらに週一回の定休日も加わった。
定番シリーズに加え、イベントのためのオリジナル商品も手がけるなど、精力的に活動しながら、家庭とのバランスもうまくいくように。

今の目標は「体力作り、人に甘えること」。

お話を聞くひと

牧野秀美さん
Float代表/アロマセラピスト。
クリニック(不妊外来、産科)での施術を経て、ナチュラルコスメブランド『Float』をスタート。精油を使ったスキンケア用品、フレグランスなどのプロダクトを手がける。全国各地のイベントへの出店、ワークショップ・講演等の開催も。鳥取県米子市在住。
float.jpn.com

写真 林田摂子
文 松本あかね

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